伏し浮き(蹴伸び)技術 (5)

〜 新型泳法 重心水平移動方式 〜

高橋 大和
追加記事 : 2008.09.20

  

 

【伏し浮き泳法】

2008年最新泳法では、「揚力」ではなく「抗力」で泳ぐといった難しい話ではなく、より選手のイメージに近い所で、伏し浮きと泳法との関係について述べる。

 

私が現役高校生選手だった1980年代後半、泳ぐ姿勢の絶対的イメージで

モーターボートのように泳げ

というのがあった。

 

自由形で言えば、

「首をすくめるように肩甲骨を寄せて胸を張り、強い6ビートキックで水面にせり上がるように浮上した状態で泳ぐ」

というイメージが、全速力で進むモーターボートのイメージに非常に近かったためだ(図 5-1 左)。

 

図 5-1

 

旧型泳法のイメージを簡単に表現すれば、モーターボートのようにエンジンに相当する足が水面下に沈み、頭や胸が浮き上がるようにして泳ぐという事だ。

車で言えばFR車(後輪駆動車)のイメージだ。

 

自由形に限った事ではなく、四種目とも同じイメージを持って泳いでいた。

その証拠に、1990年当時の選手は盛んに肩甲骨を寄せ首をすくめるストリームライン姿勢を作っていた(2008年の肩甲骨は、逆である。肩甲骨を寄せるのではなく、2008年の選手は肩甲骨を開く事を小さい頃から練習させられる)。

 

このモーターボートイメージ泳法では、進行方向に対しして体が斜め上に向いて泳ぐため、伏し浮き姿勢が出来ずに足が沈んでも大きな問題とはならなかった。

(今から思えば、ベクトルが「真ん前」ではなく「斜め上」に向いていて非常に無駄がある泳ぎであるのは一目瞭然であるが・・・・・私自身を含めて、「なんでこんな当たり前の事に当時は誰も疑問を持たなかったのだろうか?」と非常に不思議だ。「もう、競泳の技術は進化しつくした」と思っていても、技術には常に進化の余地が残されている事を改めて痛感する。)

 

ところが、21世紀に入り、その泳ぎのイメージに決定的変化が訪れる。

FF車(前輪駆動車)イメージ、あるいは4WD車(四輪駆動車)イメージの時代が訪れる。

 

図 5-1のように第三者視点で見た表面的見栄えの違いとしては、

「旧型は、お腹側でまっすぐな姿勢を作ろうとしている」
「新型は、背中側でまっすぐな姿勢を作ろうとしている」

という違いだ。

 

泳法の違いとしては、

「旧型は胸の大胸筋を使って泳ごう」

としていて、

「新型はより大きな筋肉である背中の広背筋を使って泳ごう」

という戦略の違いである。

 

感覚的な違いとしては、次章の第6章でも述べているが

 

図 5-2

「旧型は、体(重心)を腰で吊り上げて泳ごう」としていて、

 

図 5-3

「新型は、体(重心)をお腹で押し上げて泳ごう」としている違いである。

 

旧型の吊り上げ方式では、重力で沈む体(下半身)を腰や太ももの裏側を反るような力で吊り上げて泳いでいるため、ベクトルが斜め上に向かい、無理に体を吊り上げているため(伏し浮き姿勢ではないため、常に下半身が沈もうとしていて、お腹が出てしまう)、動作間や速力の増減に合わせて腰(重心)が上下動しながら移動する。

 

ところが、新型の押し上げ方式では、本来沈む体(下半身)を、お腹を殴られて「うっ」となったような感じで押し上げて浮かせているため(伏し浮き姿勢)、「重力」と「押し上げる力」がつり合い、腰(重心)がまっすぐ前に移動する事が可能となる。

 

つまり、重心移動ベクトル化運動理論に近づく方向へ泳ぎが進化しているわけである。

 

旧型のモーターボート型の泳法での、「ベクトルが斜め上方向に向かってしまう」という無駄は、重心移動ベクトル化運動理論の第3章で述べている。つまり、もし、ベクトルが斜め45度で向かっているとすれば、同じ力で泳いでいても30%もスピードをロスする事になる。

 

図 5-4

 

新型泳法の方が、力のスピード変換率が圧倒的に良い事が理解できるであろう。

 

このように、新旧泳法の記録面での最大の差となっているものは、重心(腰)が水面で滑るようにまっすぐ動いているかどうかの差だ。

(「腰がまっすぐ動くように、腰以外の筋肉を使って体全体の姿勢を取っている」のであり、腰をまっすぐ動かそうとして、腰を固定するような力を入れてはいけない。腰を力で固定しようとすれば腰が棒状になって固まり、逆に上下動が激しい泳ぎになるので、注意して欲しい。関節にゆとりを持たせて、上下動の動きを体の内部で吸収する感じだ。)

 

旧型のモーターボートタイプでは、上半身が斜め上に起き上がり、かつ、常に下半身が沈む方向に引っ張られているため、より深い位置で重心を引っ張る事になる。

しかも、自由形のような連続動作が出来きて一定のスピードを保てる種目ならまだ良いが(とは言え、現在の自由形とは違い1990年当時の自由形は、S字ストロークを使ってクネクネ泳いでいて、今よりも加速/減速を繰り返す泳ぎだった)、バタフライや平泳ぎのように顔を前に上げて止まる動作が入り、加速/減速を繰り返す泳ぎの場合、スピードが落ちれば、それに伴い自然に腰(下半身)が落ち、次の加速動作時にその落ちた分を取り戻すように腰を押し上げて上下動して泳がざるを得なかった。

(昔は、キックを斜め下に蹴っていた。2008年現在は、真後ろに押し出すキックを使う。図 2-3を見ても分かるとおり自由形ですら、出来るだけ真後ろ押し出すキックを打っている。)

 

ところが、新型泳法では、下半身を含め体全体が水面に完全に浮いた状態から手足を動かしているため、腰の上下動がなくなり、フラットな泳ぎが出来るようになった。

しかも、新型泳法の基本姿勢である伏し浮き姿勢は完全に体が水面に浮く事により、「プルのスカーリングの力」や「キックの力」を浮力(揚力)に回す事なく、すべて推進力(抗力)に回す事が可能となる。この事により、重心移動ベクトル化運動理論の第5章で述べたとおり、

 

図 5-5

 

手(上半身)は、重心を引っ張る道具
足(下半身)は、重心を押す道具

として最大限利用できる姿勢が「伏し浮き姿勢」である事が分かるであろう。

 

筋肉の動きの違いとしては、旧型泳法が浮力(揚力)を発生させるために、水面に対して上下方向に筋肉を動かす必要があったため、プルは大胸筋を使って腕を上下方向に動ごかし、キックは太ももの裏の筋肉を使って上下方向の動きを作り出して、本来推進力(抗力)に使える力を浮力に回して使っていた

 

しかし、新型泳法の場合、浮力(揚力)を発生させる必要がなくなったため、水面に対する上下方向の動きは不要となり、推進力を発生させる前後の動きだけで良くなった。

プルは"上下には動かしにくいが肩甲骨を使って前後には動く"より大きな後背筋を使って腕を動かし、キックはより大きな太ももの前側の筋肉を使って後方に押し出すようにして、力のすべてを推進力(抗力)に回して泳いでいる。

 

このように、重心をまっすぐ動かして最短距離でゴールできる泳ぎをするためには、伏し浮き姿勢は絶対に必要なテクニックなのだ。

 

ただ、理屈は分かっても、旧型泳法が身に染み付いている元選手にとっては、この姿勢の違いは非常に大きな違いであり、感覚的にも非常に掴み難く、非常に難しい変更となる。

なぜなら、力を使う方向が違う上に、使う筋肉が表裏反対(筋肉の緊張/弛緩が反対)だからだ。

 

図 5-6

 

旧型の姿勢は、腰や太ももの裏の筋肉を緊張させて大胸筋を使って腕を引っ張っていたが、新型の姿勢は、お腹や太ももの前側の筋肉が緊張していて後背筋を使って腕を引っ張り、腰や太ももの裏側の筋肉は逆に弛緩しているからだ。

 

筋肉の緊張/弛緩の動きが真逆になるため、過去に十分な競泳選手経験のある人ほど非常に大きな違いを感じ、「自分には、不可能」という概念を捨てきれなくなって難しい技術と感じる。

 

特に、今まで慣れ親しんだ条件反射的習慣はなかなか抜けないため、力を入れて筋肉を緊張させる方は簡単に出来るが、力を抜いて筋肉を弛緩させる方は非常に難しい

 

旧型の姿勢から新型の姿勢に変更しようとしても、力を抜く方の筋肉をうまくコントロールできず、下図(図 5-7)のように単に腰周りが棒状になってしまうだけで、姿勢は旧型のままという状況からなかなか改善していかない。

 

図 5-7

 

また、次章でも述べているように、旧型と新型では骨盤の向きが違うため、頭の位置を水面下に深く突っ込むだけでは、腰の反りが改善されない。

第2章の北島康介選手やフェルプス選手たちのように骨盤をお腹側の内側に絞り込むようにする骨盤の使い方が必要になる)

 

このように、過去の競泳経験が深い人ほど難しいテクニックのように感じる事ではあるのだが、体型や脂肪量といった外的要素が不可能を感じさせているのでは決してない。

あくまで、本人の意識が難しく感じさせているだけであり、2008年の現役選手の多くが当たり前に伏し浮き姿勢で泳げるのと同様に、訓練次第で誰でも出来る事なのだ。

 

(ここからは、私個人の感覚の話をする。感覚は個々人それぞれ違っているため、読者のイメージとは違っているかもしれない。

例えば、私が旧型泳法の「斜め上」という感覚を持っている人間からすれば、「下」に感じるものも、現役選手で旧型のモーターボートタイプの泳ぎをまったく知らない人にとっては、「下」ではなく「フラット」という感覚を持っているかもしれない。

したがって、私の感覚は参考程度にして、自分でいろいろ試して欲しい。ただ、1980年代後半頃までに現役を引退した選手は、私の感覚と近いはずだ。)

 

旧型のモーターボート式の泳ぎでは、「頭が若干上で、足が若干下」という感覚があったが、最新の泳ぎはその逆だ。「足が若干上で、頭が若干下」だ。

(2004年アテネ五輪前に、テレ朝の深夜番組「ナンダ」に出演した北島康介選手が平泳ぎのキックをテーブル台に寝そべって実演した際、「平泳ぎのキックに回すイメージはありません。押し出すイメージです」と言って、足を若干上に蹴り押し上げていました。当時、私はそれを見て少し不思議な感じがしたのですが、伏し浮き姿勢からキックを蹴ると蹴り押し上げるイメージになるんだと今はしっくり来ています。)

 

図 5-1を見て分かるように、伏し浮き姿勢は第三者視点から見ると、水面に対しまっすぐな姿勢をしているのだが、泳いでいる本人はまっすぐの感覚ではない。

(2008年現在の現役選手は、今の泳ぎ方が当たり前なので、まっすぐのイメージを持っているかもしれないが、1980年代の泳ぎの感覚を持っている人からすれば、「まっすぐ」ではない。1980年代の選手の「まっすぐ」の感覚は、モーターボート型だ

 

なぜなら、思考をつかさどる頭の位置が浮心よりも上に付いているため、

実際に泳いでいる時の感覚は、下半身の方がやや上にあって、下半身の推進力で重心や浮心が、上から若干下方向へと押し出されて行く感覚の泳ぎに近い。

1980年代の旧型の泳ぎを知っている私の感覚からすると、旧型のモーターボートタイプの泳ぎ方では、体をやや水面下で引きずっている感じであるのだが、伏し浮き姿勢のまま泳ぐと、水面を滑るように泳いでいる感覚がある。

 

新型泳法は、膝、お尻(旧型では腰だが新型はお尻)、肩、肘の関節が常に水面ギリギリの所でフラットに動いている感覚がある。(むしろ水上を滑っている感覚)

(平泳ぎの場合、2004年頃の北島康介選手が「みのむしが縦に伸び縮みしながら、前に進む感じ」といっていた感覚であろうと思われる。水面上をみのむしが歩くようなイメージで、プルとキックを入れていれている。旧型が肘、腰、膝が前後しながら進んでいるイメージなら、新型は肘、腰、膝が常に前、前、前とミノムシが進んでいるイメージ)

 

別の要素としては、新型泳法では、、腰、膝の各関節に若干の緩みがある。

(下半身側よりも上半身側の関節の方が緩みが大きいように私は感じる)

 

旧型は、ピーンと伸びきる事を意識しすぎた姿勢のため、各関節に遊びがない。

旧型には関節に遊びがないため、関節の曲げ伸ばし時に「ハマる/ハズレる」を繰り返すような無駄な動きができ、ギクシャクした泳ぎになり、手先足先で推進力が生まれている感覚があるが、関節に遊びのある新型泳法は、いつでも力をコントロールできる状態で駆動させる感覚があり、より胴体側に近い所で手も足も推進力を生んで泳いでいる感覚がある。

 

このように、新型の泳法は、常に伏し浮き姿勢を維持して泳ぐ事で(平泳ぎやバタフライの場合、呼吸動作で若干伏し浮き姿勢が崩れるが、出来るだけ早く伏し浮き姿勢に戻る。また、呼吸も出来るだけ伏し浮き姿勢を崩さない方法を模索し続けている)、

「水面を滑るように動作し、まっすぐ移動していく事で、抵抗を減らす」
「フラットな手足の動きから、より大きい抗力を生み出す」
「一定スピードの連続動作を可能にする」

 

泳ぎのテクニックが大きく進化し、20年前のオリンピック代表選手のタイムを2008年では普通の選手が当たり前に出せるようになったのである。

決して、水着効果やなんとなく速くなったわけではない。

泳ぎの技術が進化したのである。