伏し浮き(蹴伸び)技術 (2)

〜 進化したストリームライン 〜

高橋 大和
追加記事 : 2008.09.10

  

 

【進化した21世紀版ストリームライン】

 

図 2-1

 

2007年に水泳関係の雑誌でよく見かけたアリーナの広告だ。

※※ 写真、上から順に ※※
2007年100M自由形アジア人初の48秒台 佐藤久佳
2008年北京五輪200Mバタフライ代表 柴田隆一
2004年アテネ五輪800M自由形金メダリスト 柴田亜衣
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1990年代以前に選手をしていた元スイマーは、これを見た時「あれ?」っと思ったのではないだろうか?

「ストリームラインの姿勢が何か違う。あれ?」

と。

 

私は2001年に、1996年アトランタ五輪個人メドレー代表だった吉見譲くんと宮城国体でチーム茨城としてメドレーリレーを組んだ時、練習中に彼のストリームラインを見た時に「あれ?」と思った。

1980年代後半に現役選手だった私には

 

お腹が異常にヘコんでいる。なんだ、この変な姿勢は??あれ??なんでお腹の辺が妙にえぐれ上がっているの??

こんな変な姿勢でなぜオリンピックなんて行けたの?

しかも、彼はインターハイにすら出場していない。

そんな彼が急成長してオリンピック選手となったからには、何かすごい進化があったはずなのに、なぜこんな変な姿勢でストリームラインを作るの??」

 

と、ものすごくアンビリーバボーだった。

 

なぜなら、私は1988年に競泳をやめて1997年に泳ぐのを再開するまでの10年間、水から完全に遠ざかったために、その間の競泳情報は何も知らなかった。

吉見譲くんがオリンピック選手だった事すら知らなかった。

1997年に水泳を再開してから2001年宮城国体までの3年間は、自分が現役選手だった1988年当時の競泳理論を信じ込んで疑いもせずに、間違った古い知識に不動の自信を持っていたため、2001年に見た吉見譲くんの"お腹がえぐれるようにヘコんだ"妙なストリームライン姿勢を、理解も、受け入れる事も出来なかった。

「自信のあった昔」から何の努力もしていないのに、その自信にすがる人間の悲しき性。

 

「いやー、強引なお前の屁理屈だ!」

と、まだ、伏し浮きを否定し過去の実績にしがみついているアナタ。

これを見てくれ。

1980年代に選手だった人ならみな良く知っているラウディ(ローディ)・ゲインズ選手の自由形(図 2-2)と2008年北京五輪200M自由形準決勝(図 2-3)の写真だ。

ストリームラインが決定的に違う。これが20年の技術的進化だ。

※注釈※
ゲインズ選手は1981年に100M自由形で49.36の世界記録を樹立し、1984年ロサンゼルス五輪で、100m自由形金メダリストとなった、当時の超スーパースター選手です。

みなさん競泳のスタートで、現在当たり前にクラウチングスタートをやっていますが、世界で最初にやったのはゲインズ選手です。

(他にやっていた選手もいたのかもしれないですが、少なくとも世界的に有名にさせたのはこのゲインズ選手が最初です。ゲインズスタートなんて当時呼ばれていました。)

決して恵まれた体格でもなく(身長185cmくらい)、しかもS字ストロークの時代に、49秒前半で泳いでいた事は今でも驚きです。

ゲインズ選手の泳ぎを、I字ストレートストロークを見慣れた2008年の今見ると、恐ろしくヘタクソなクロールに見えます(^.^)

中心軸でローリングしているため、頭の真ん前、あるいは、それより内側に入水し、S字で引っ張っているので、体全体が横にクネクネうねっていて、タイミングを取るかのように縦にも上下しています。

今なら中学生でもやらないこんなヘタクソな泳ぎで、よく49秒前半のタイムが出せたなぁと逆に不思議に見えます。
※※※※

 

図 2-2 (1984年ロス五輪金メダリスト ラウディ・ゲインズ)

 

図 2-3 (2008年北京五輪200M自由形準決勝)

 

お腹をよく見ろ!体全体の姿勢をよく見ろ!

ゲインズ選手は、お腹が出ている(胸とお腹がまっすぐ。上半身が腰から反り上がっている。)。

体が弓なりに伸びきっている。

 

しかし、2008年では準決勝レベルの選手ですら(ロングスパッツは世界記録保持者のフェルプス選手)お腹がヘコんで、ゲインズ選手と比べると、

「く」の字状に体が曲がっている。体が伸びきっていない。

(ジャネット・エバンスを知っている人は彼女の水中映像を思い出すと、こんな感じで泳いでいたのを思い出すのではないだろうか?彼女は1988年という20年も前から2008年のテクニックを使っていたわけだ。そりゃ速いはずじゃわ)

 

お腹の形も違えば、

 

●肩への体重の乗せ方

●キックの打ち方(ゲインズは入水した手と反対の足が蹴り下ろされ軸がクロスにねじれているが、2008年現在は伏し浮き姿勢を出来るだけ崩さず泳ごうとするため、手の入水とキックの蹴り下ろしが同じ側で行われてフラットな姿勢で進んでいる。ついでに、重心移動ベクトル化運動理論どおり、自由形のキックの打ち方も、単に上下に蹴っているだけのキックから、後ろに押し出すキックに変わっているのが分かるだろう。)

●体全体への体重の乗せ方(ゲインズ選手は腰に体重が乗っている。2008年現在は、体全体に均等に体重が分散されている)

 

までもが、まったく違っている。

 

これが何を意味しているのか、もう分かると思うが、

下半身が沈むストリームライン

下半身が沈まない伏し浮き姿勢のストリームライン

の違いだ。

 

まだ、信じられんか!まだ、古ボケた固定概念にしがみついて、妄信し続けるか!じゃぁー平泳ぎも見てみろ!(^.^)

 

図 2-4 (2008年北京五輪100M平泳ぎ決勝)

 

平泳ぎの選手だって、ストリームライン姿勢はお腹がへこんでいる伏し浮き姿勢だ(奥は北島康介選手。100Mの勝負にもかかわらず、前半の50Mは200Mなみの16ストロークで泳いでいる)。北島選手だけでなく、手前の選手だって同じだ。

これで分かったか!

「ストリームライン」の定義が1980年代〜1990年代までと、2000年以降ではまったく違っている事が。

 

そう、2008年の現代では、伏し浮き姿勢がストリームラインなのだ。

下半身が浮いているのだ!

(レーザーレーサー水着効果で下半身が浮いているのではない。レーザーレーサー登場前から北島選手をはじめトップ選手は、みなお腹がへこんだ伏し浮き姿勢でストリームラインを作っている。むしろ逆に、伏し浮き姿勢のまま泳げる選手以外がレーザーレーサーを着てもほとんど水着効果を得ることは出来ない。なぜなら、若干の水着の浮力では、60kgもの体重を支えられないからだ。下半身がプカーっと浮いているからこそ、水着の小さな浮力でもさらに下半身が浮き上がるのだ。水着の性能を十分に引き出すには、伏し浮きテクニックが必須なのだ。)

 

水中のストリームラインであれ、水面のストリームラインであれ、平泳ぎであれ、自由形であれ、まったく関係なく、

伏し浮き姿勢 = ストリームライン

なのだ。

 

現在のストリームラインには「重心」の他に、「浮心」というのが存在するのだ。

 

図 2-5

 

重心とは別に、推進力がゼロでも浮き続けるのに必要な「浮く中心点」があるのだ。

それがミゾオチだ。

 

かつてのストリームラインといったらこんな感じだ。

 

図 2-6

 

図 2-5と比べると明らかに「背中の反り具合」「お腹のへこみ具合」が違うのが分かる事だろう。

お腹の所が多少へこんでいる様子からも分かるように、実はこれでも水面から少し下がった所で浮き続ける事が出来る程度のましなストリームライン姿勢なのだ。

(図 2-6は、すでに10秒程度浮き続けている状態)

ズズズズ〜っと止め処もなく下半身が沈んでいく人は、もっとひどい形をしているはずだ。

 

平泳ぎやバタフライのように呼吸で前に顔を上げる場合、昔は腰の所で上半身が上下動していたが、2008年現在の最新の泳ぎでは、ミゾオチの所で上下動し、腰は水面に吸い付いたようにピタッっと止まっている。

(つまり、下半身には力が入っておらずスーッと浮いている状態)

 

後述するが、お腹を殴られて「うっ」となった時に力が入る感覚と浮心を作り出す力の入れ具合は非常に似ている。

※※ 備考 ※※
「昔は、お腹をへこます伏し浮き姿勢を作る瞬間すらなかったのか」というと実はそんな事はない。
例えば平泳ぎでも、キックを斜め下に蹴り込んだ直後には、お尻が持ち上がってお腹がへこんで、結果的に伏し浮き姿勢に近い姿勢になっていた。しかし、かつては伏し姿勢を重要視する発想がなかったため、プル/キック動作が始まるとその姿勢がすぐに崩れていた。現在は「プル/キック動作中も伏し浮き姿勢を出来るだけ崩さないまま泳ぐ」という方向に向かっている。
最新の泳法でも、前に呼吸をする平泳ぎやバタフライは、呼吸動作でどうしても崩れる瞬間が出来てしまうが、自由形はいっさい崩さず泳いでいる。
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これで、伏し浮き重要性説に対し冷静に耳を傾ける余裕が出来たと思う。

次項では、伏し浮きが出来ない事にどんな不都合があるのかを説明する。