重心移動ベクトル化運動理論 (3)

〜 重心移動ベクトル化理論 〜

高橋大和
2008.06.01

  

 

私が提唱する「重心移動ベクトル化運動理論」とは、

「重心移動をベクトル化して捉え、重心移動効率が最も良くなるフォームが、理想のフォームだ」

という理論だ。

 

運動動作全体(体全体)を捉えて、フォームを"あーだ""こーだ"言うのではなく、

「運動動作、すなわち、重心移動」

と捉えて、理想のフォームを組み立てる理論だ。

 

 

図 3-1

 

同じ力で、まっすぐ前に0度で飛び出した場合と、45度で蹴り出した時のベクトル図が図3-1だ。

 

図を見て分かるように、同じ力で飛び出しても

45度で動いてしまえば、30%も不利

なのである。30%だ。

 

もう少しイメージしやすいように、陸上のスタートに置き換えて考える。

「"1秒間に一歩踏み出し、1M移動する選手"と仮定し、2秒後にどこにいるか?」

を模式化して表したものが図3-2だ。

 

図 3-2

 

赤線は、パウエル選手のように、まっすぐ前に踏み出した場合。

青線は、ゲイ選手のように低い位置から立ち上がりながら飛び出し、それが45度だった場合だ。

 

「0度でまっすぐ前に飛び出せば、2秒後には2M先にいる」

事になるが、

「45度で立ち上がりながら飛び出せば、2秒後に1.4M先にいる」

という事だ。

30%差とはこれだけ大きな差なのだ。

 

しかも、その「大きな差」は、「飛び出し角度が違うだけ」なのだ。

 

ベンチプレスでMAX100kg上げる人が、130kg上げられるようになるのは相当難しい事から分かるように、筋力を30%もパワーアップする事は非常に難しい。ある程度極めたアスリートなら、筋力に30%もの余力はもうなく、不可能に近い数字だ。

 

競技能力を向上させる方法を考えた時、「飛び出し角度の調整」と「筋力アップ」という作戦のどちらが効果的で即効性のある作戦なのか、述べるまでもないだろう。

 

ここで言う

「飛び出し角」とは何か?

を考えると、前章を読んで分かるように

「重心の移動角度」なのだ。

 

信じられないだろうが、一見、複雑に見える「走る動作」は

「重心が移動しているに過ぎない」

のだ。

 

「走る」だけではない、「泳ぐ」もそうだ。

究極的には、運動はすべて、重心移動なのだ。

 

例えば、野球の「投げる」「打つ」といった動作も、より複雑な動きをしているように見えるだけであって、実際には「重心が移動する力」をボールやバットに伝えているだけなのだ。

 

 

このプロ野球選手のバッティングフォームを見て分かるとおり、バットを振りながら腰の位置(重心)を前に移動しつつ、その時の重心は上下動することなく、最短距離で移動している。

 

つまり、

「足(下半身)は、重心を移動させる為の道具」

であり

「腕(上半身)は、移動する重心の力を出来るだけ殺さず生かすようにして、ボールやバットに伝える道具」

なのだ。

 

別に私が自論に都合の良い選手を選んだわけではない。

大リーグマリナーズのイチロー選手も当然、同様に重心(腰)をまっすぐ移動させている。

 

 

バットにボールが当たった瞬間に重心移動が止まっているのは、バットを振りかぶった位置から移動してきた「重心の力」をボールに最大限伝えるためだ。

野球選手なら、イチロー選手の細かい重心の乗せ方が見えると思う。

 

おそらく、バットにボールが当たった瞬間、他の選手たちより前足に重心が乗り、よりボールに重心移動エネルギーが伝わっているのではないだろうか(私は競泳選手なので、細かい事は分からない)。

いずれにしても、この重心移動の動きが不安定なのは、おそらく小学生といったような未熟な選手たちであろう。

 

実際、理想と言われているフォームでも、ピッチャーでも、バッターでも「腰の動き」は常に重要視される。

「腰が開く」だのなんだのと言っている、あれだ。

 

「いや、バッターはバットを振ってボールを打っている。いや、ピッチャーは腕を振ってボールを投げている」

と思うかもしれないが、「腕の振り」は補助的なものでしかない。

 

「体を固定した状態で、腕だけでバットを振ってボールを跳ね返せるだろうか?腕だけでボールを投げて速い球が投げられるだろうか?」

と考えれば、「腕の振り」による力はわずかである事が分かるであろう。

 

「重心が移動した力」を腕に伝えるから、「打てる」し、「投げられる」のだ。

 

「野球でより遠くにボールを投げるため」に、「サッカーでより強くボールを蹴るため」に、助走をつけるのは、重心の移動を行い、その移動エネルギーをボールに伝えているのだ。

 

物理方程式で表せば、高校の物理に出てきた

E = 1/2mv^2

(エネルギー = 1/2 × 重さ × 速度 × 速度)

という有名な等速直線運動エネルギー計算方程式で説明される。

 

つまり、ボールを投げる手の振りの速さ(v)が同じでも、「重さ(m)」が重ければエネルギー(E)は大きくなる。

この場合の「重さ」とは、「重心の重さ」である。

 

手だけで投げる動作をするより、助走をつけて重心も動かせば、出力エネルギーが増大する分、「腕の振る速さ」が同じでも、ボールは遠くへ(あるいは速く)飛ぶのである。

 

「腰の動き」を指摘するスポーツは、野球や水泳だけではない。

ありとあらゆるスポーツで、腰の動きは重要視される。

それは、すべてのスポーツは、重心移動の力を利用したものだからだ。

 

根本で捉えれば「スポーツは、重心移動をしている」のではなく、「重心移動するのが、スポーツ」なのだ。

 

従って、「下半身の強化」というのは、重心を「より力強く」動かすために強化しているのだ。

ピッチングフォーム、バッティングフォームを繰り返し行うのは、その強化した筋力を使って、重心をより正確かつ効率的に動かす練習をしているのだ。

 

だから、重心の効率的な移動が出来なければ(フォームが悪ければ)、どんなに下半身を強化してもその効果は競技に生かされないのだ。

 

すべての運動競技は、重心移動の強さと効率を競っているのだ。

 

「重心移動効率が同じ選手」に勝つために、筋力を強化し差をつけているわけだ。

 

それを踏まえて、アサファ・パウエル選手のエクスプローシブスタートを横から見てみよう。

1. スタートの構え
2. 一歩目を踏み出した後の空中
3. 二歩目の踏み出し

の写真だ。

2枚目が着地しているように見えるが、影を見ればわかるように、両足とも地面から離れた空中にいる状態だ。

 

 

「スタートの構え」「飛び出した空中」「着地」のどれをとっても、重心(腰)がまっすぐ移動している事がはっきり分かるだろう。

 

驚く事に「スタートの構え」さえ、走る時と同じ高さに構えているのだ。

驚く事に「空中に飛び出した時」にですら、重心(腰)の位置は上下しないのだ。

 

速球ボールの軌跡は、フライのボールとは違い、まっすぐ直球なのと同じだ。

 

「人間がスタートする」のではなく、「重心が移動していく」という視点でスタート動作を捉えれば、この動きが、いかに、効率的な動きか理解できるであろう。

手や足や頭の位置をプロットしていっても、そこからは何も分からないが、重心の位置をプロットすれば、重心が等速運動(スタート動作では、加速度運動)をしている事が明白に分かる。

 

重心の移動効率の差が、速い選手と遅い選手の明確な差となっている事が分かる。

 

体全体に注目していれば、上体や腕や足が上下して、複雑な動きをしているように見えるのだが、

「重心移動」と捉えれば、ただ単にまっすぐ動いているだけなのだ。

 

重心移動をベクトル化して考えれば、重心位置が下から上へ移動するゲイ選手より、まっすぐ前に移動していくパウエル選手の方が当たり前に速い事に異論を挟む余地はないはずだ。

 

「まっすぐ最短距離を移動するよりも効率的な動き」

なんてものは、果たして他にあるだろうか?

 

私が競泳のスタート理論である弾道スタート理論を提唱し

「まっすぐ飛び出すだけで良い」

という、学者からすればあまりにシンプル過ぎる理屈と結論を打ち出した事に納得がいかず、

「複雑な動きをしているから、もっとたくさんの要素が影響しているはず。だから、そんなシンプルな答えのはずがない」

といったような理屈の異論を唱えた人もいたが、果たしてその異論は科学的に理にかなっているだろうか?

 

私も化学者の端くれだったので、科学者、研究者が入り込んで抜け出せなくなる思考の罠は良く知っている。小難しい事ばかり考えていると、視点が狭くなって思考の飛躍が起きにくくなり

「簡単なはずがない」

と考えがちだが、カオス理論等で分かるように、世の中の根本は、シンプルなのだ。

 

シンプルなものがたくさんあるから、複雑に見えるだけなのだ。

 

弾道スタート理論への異論には、おそらく

「角度を付けた方が強く蹴り出せるといったような要素も考えるべきだ」

といったような考え方を含んでいるのだろうが、仮に

「まっすぐ前に蹴り出すよりも、角度を付けて蹴り出した方が、計測数値を見ても強く蹴り出せている」

として、果たしてそれが、スピードを競う競技で通る理屈だろうか?

 

中途半端なイメージだから話が微妙になるので、極端なイメージで考えてみて欲しい。

例えば、重量挙げ競技。

 

重量挙げでは、地面にあるバーベルをまっすぐ上(90度)に垂直ジャンプするかのように持ち上げる。

45度斜め前にバーベルが移動しながら持ち上げる選手はいないはずだ。

 

なぜなら、垂直に持ち上げる方が足に力も入るし、もちろん、最短距離で上げられるからだ。

 

しかし、その時の前方への移動速度はゼロだ。

脚力のMAXを出しているにもかかわらず、移動速度はゼロだ。

 

重量挙げ競技は、持ち上げる重さを競っている競技だから、前方への移動速度がゼロでもまったく問題にならないが、もし、重量挙げ競技が持ち上げる重さを競うのではなく、走ったり、泳いだりする競技のように、前方への移動速度を競うのなら、垂直に持ち上げるよりも力が入らなくとも、前方に飛び出しながら持ち上げるはずだ。

(持ち上げるも何も、「押し転がす」はずだが)

 

垂直なら移動速度ゼロ。しかし、少しでも前方に移動すれば移動速度はプラス。

当たり前だ。

 

つまり、前方への移動速度を競っている競技では、前方に移動する速度(時間)を競っているわけで、その速度が最大になるように考えなければならないという事だ。

 

もっと分かりやすくいえば

「力が最も入る方向に力を入れて速度を上げる」

のではなく、

「まっすぐ前方へ移動する時に、出来るだけ力が入るように体の使い方を変えて、フォームを作る」

のだ。

 

次項では、重心移動ベクトル化理論をもう少し具体的に捉え、理論の示す方向性を解説する。