平泳ぎ (20) 〜 キック 5 〜 高橋大和 |
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垂直ジャンプ これが、平泳ぎのキックだ。「陸上で垂直ジャンプをする」のと、「水中で平泳ぎのキックを蹴る」のは、「まったく」と言っていいほど同じだ。
「膝を開き過ぎればジャンプ力を得られない。肩幅程度が適度」 な事も、 「膝を深く屈曲し過ぎて、しゃがみこんでしまってはジャンプ力が得られない。適度な膝の屈曲が必要」 な事も同じだ。
唯一違うのは、「足首を反すか、反さないか」の違いだ。 陸上では、地面からの反発力があるので、太ももで地面を押し出しつつ、最後に足首を反して、地面を蹴り上げる。 しゃがんだ時には、かかとに重心を乗せて蹴り出し始め、徐々に足の指先に重心を乗せていって飛び上がる。
しかし水中では、足首を反しても、水からの反発力はほとんど得られないので、足首を反す意味がないどころか、「足の指先」で水を押してしまえば、水が切れてしまいキックがスッポ抜けてしまう。 平泳ぎのキックは「かかとで蹴る」。 これは、古い時代の「回転挟み込み式キック」でも同様だ。 回転挟み込み式でも「左右のかかとがぶつかる」ように蹴る必要があった。 ※※ 参照 ※※ 私は、「左右のかかとがぶつかる最後まで、かかとで押す」テクニックを中学1年の夏〜秋にかけて覚え、中学2年の夏前までには、全国中学の標準記録を突破する選手に一気に急成長した。 ちなみに、私の練習していたプールは冬もビニールハウス内の水なので、冬場の半年間はまともな水中練習は出来ていない。 具体的には、この1年弱の間に、長水路の100Mが1分27秒くらいから1分14秒くらい、200Mが3分10秒くらいから2分40秒くらいまで記録が伸びた。 このテクニックを身に着けていった中学1年の夏のレースでは、レース後半から足のスネが痛く(スネの内側でなく、外側)、200Mのレース後では泳ぎ終わってもスネが痛くてプールから上がれないし、ダウンプールに歩いていくのも辛かったのだが、中学2年の夏には慣れて、もう痛くならなくなった。 私が身に着けた平泳ぎのテクニックの中で一番効果があったテクニックだった。 初心者は地面を蹴るのと同じように、足の指先で蹴ろうとするが、この「かかとで押すテクニック」は、私の成長実績からいって「初心者の人には、一番重要なテクニックだ」と私は信じている。 旧式のキックでも、新式ウィップキックでも足の裏は同じ部分を使って押し出す。
図 20-1
赤のかかとで押し出す。かかとの力に付随して青い部分も多少力が入る。 足の指に力の入る瞬間はまったくない。
「汚い所を素足で歩く」時のように、「かかと」と「足裏の外側」を使い、「指先は上げる」ような力の入れ方をする。 水は、赤と青の部分で捉え、「土踏まず」部分は、水も踏まないので、素人の方は注意。
ウィップキックは、挟み込み式の旧式キックより、垂直ジャンプに"より近く"なった。
図 20-2 (新旧キックの加速位置)
旧式の挟み込み式キックでは、蹴り出しの最初に水を掴み、その掴んだ水を終盤に挟み込んで推進力を発生させて加速していた。 しかし、ウィップキックは違う。 ウィップキックは垂直ジャンプと同様に、押し出しの最初に一気に前進し、終盤はその勢いの惰性で押し出しているだけだ。 (膝が伸びた後は、トルネード理論で説明したように、プルで発生した渦に乗り、体が前方に移動していく)
つまり、「加速位置」と「加速方式」がまったく違う。 この違いは、何度も指摘しているように、21世紀の泳法戦略が大転換した事と関連している。プルの話をよく思い出して欲しい。
プルでも推進力を発生させて、その力で間接的に進もうとしていたものが、北島康介選手が「尺取虫のイメージ」と例えたように、「ほふく前進式」で直接前進する戦略になった事を説明した。 キックでも同じ戦略を採るようになっているのだ。
「ウィップキックは、加速位置が違う」というのは表面上の話であり、本質ではない。
図 20-3
ウィップキックは垂直ジャンプと同じ要領で、直接、水を押して、体ごと前に前進させようという戦略なのだ。 第16章で紹介したテレビ番組内の北島康介選手がバレーボールを足裏で押すような押し出し方をしたのはそのためだ。
旧式では、キックを蹴っている最中には体は加速していないし、前にも進んでいない(もちろん、多少は進んでいるだろうが)。 引き付け動作の失速で止まったままで、その後の挟み込みで後方に飛び出していった水の勢いで、体がやっと前に進む。
ところが、新式のウィップキックは、蹴り出しの最初から体が加速し始め、終盤はその加速の惰性で進んでいる。 つまり、体の静止時間が短く、足先で挟み込むより、太ももで押し出して加速するウィップキックの方がパワーも大きい。
もう少し具体的な動きの違いとしては、林亨選手たちが使っていた旧型のキックは、「腰の反り」の反発力を膝の回転動作に使って「かかと」を押し出していた。 また、その方向はやや斜め下であった。
ところが、新型のウィップキックでは、名前の由来通りにムチがシナるような動作に近く、膝をまっすぐ上に押し上げる事で水平に足が押し開かれるようになっている(この事で、ウィップキックを使った泳法では「膝で泳いでいる」感覚が強い)。 結果的に膝への負担も旧型(回転挟み込み式)より少ない。
図 20-4
新型キックで実際に泳いでいる感覚としては、膝が後ろに押し出されていくのではなく、ドルフィンキックに近い感覚で足を引き付けた膝は後方に移動せず、膝から上の部分が前方に押し出されて移動する感覚だ(図 20-3の動作感覚)。
理屈だけでは、「旧型と新型のどちらが合理的な力の使い方と言えるのか?」は微妙だが、「ウィップキックの方が新しいテクニックで、かつ、実際に速いという結果」からして、新型ウィップキックの方が合理的な動きだと言える。 もちろん、単純に「回転挟み込み式」より、「まっすぐ押す方」が動作時間がかなり短くなる部分も大きな利点だ。
また、ウィップキックは前後方向の水平に力が伝わり、重心移動ベクトル化理論の第5章でも主張したように、 「足(下半身)は重心を押す道具で、重心をまっすぐ押す事が合理的な動き」 という理論とも、"より良く"一致している。
この「加速位置と加速方法の違い」は、プルとキックの動作を合わせて考えると、非常に大規模な戦略転換であった事が分かる。
図 20-5
旧型では常に動作の後半で加速しようとしているが、新型では常に前で前進しようとしているのだ。
この図 20-5を見れば、2008年新型のクロールを知っている人ならピンと来ただろう(自由形の事はすでに別に説明した)。 「自由形も、フィニッシュ重視の中心1軸S字ストロークから、前半加速重視の2軸I字(ストレート)ストロークになったのと同じだ」 という事に気付いた事だろう。自由形も「二次的フィニッシュ推進法」から、直接前進式に戦略が転換したのだ。
つまり、平泳ぎだけが泳ぎの方向性が変わったのではなく、水泳界全体で大きな戦略転換が起きていたのだ。 だから、当初はイアン・ソープ選手や北島康介選手といった一部の選手だけが速かったものが、そのトップ選手の泳ぎを見て、多くの選手が真似できるようになったために、どの種目もトップ選手に遅れを取りながらも大幅な記録アップ(記録の底上げ)が起きたのだ。
「レーザーレーサー(水着)のせいで速くなった」 とだけ解釈した選手は、選手として甘い。 自分の外に言い訳を見い出し、諦める理由をつけるのは、「トップ選手になれないタイプの選手」がまっ先に使う逃げの発想だ。 私も現役高校生の時にはそうであったから、記録が伸び悩んだ。
トップ選手は常に自分の中に答えを求め、攻めの姿勢でいる事を忘れてはいけない。 水泳界で大幅な記録アップが起きたのは、「泳ぎがフラット化した」事が大きな原因だ。 「フラット化」を注意深くイメージすれば分かるが、車で言う「後輪駆動」から「前輪駆動」に駆動方式が変わったのだ。
車でも現在は前輪駆動車が主流だ。 前方で車全体を引っ張る方が車が安定するからだ。 前輪で引っ張るために、後輪がフラフラしにくい(泳ぎでは重心が上下せず、安定する)。 後輪駆動では、前輪がフラつけば、後ろから押されるのでもっと大きく振れてしまう。
泳ぎも同様だ。前方で引っ張る事で、その後方(体全体)が安定してまっすぐ移動し、体の軸がぶれない分、体の後ろから前に力が伝わりやすくなるのだ。 力がまっすぐ伝われば、さらにフラットに体が安定する。こうして、より泳ぎが安定し、力がまっすぐ出しやすく、伝わりやすくなるのだ。
その「フラット」をレーザーレーサー(水着)が補助している面があるというだけの事だ。 旧式の後輪駆動の泳ぎをしている選手がレーザーレーサーを着ても、たいして速くならないのだから、言い訳をして逃げている場合ではない。 「レーザーレーサーはフラットな泳ぎに合う様に設計されている」 のだから、選手は、「レーザーレーサを着れば大幅に記録がアップする」ようにテクニックを磨かなくてはならないのだ。
フラットなウィップキックは、ビート板キックでは簡単だが、実際の泳ぎの中で使いこなすのは少し難しい。 なぜなら、プルの項で説明した斜め懸垂の要領で手を引っ張る事で腰が前方にスーっとスライドする動きに合わせて、足の動作を入れなければ、うまくキックが入らないからだ。 プル動作で推進力を得ようとする必要はまったくない。 しかし、プル動作が相変わらず重要なのはこの点だ。 フラットなキックを使うのに、「体(腰、重心)を前方にスライドさせるプル動作」が必要になってくる。 プルの推進力は捨てても、「プルのテクニックすべて」は捨てられない所が難しい。 それどころか、プル動作の影響がキックの動作にまで広く及ぶようになった所が技術的に高度になったと言える。
難しい所だが、タイミングは理屈ではなく、やはり練習で体得するしかない。 体得しつつ、自分でイメージを固めていくしかない。 私の述べてきた理屈は、その参考程度にしかならないだろう。
最後になったが、「ウィップキックは難しい。お年寄りやマスターズ選手には出来ない」という話は絶対にない。 「ウィップキックこそ、お年寄り、マスターズ選手が使うべきだ」 と私は強く主張する。 なぜなら、旧式の「回転挟み込み式キック」より圧倒的に膝への負担が少ない。
もちろん、ウィップキックも別の部分に負担がかかるという事はあるだろうが、しかし、私が蹴る限り、膝への負担の軽さは回転式とは比べ物にならない。 お年寄りが膝から先を回していたら、必ず膝を悪くする(もちろん、若くても痛めるが)。が、ウィップキックは、その可能性が圧倒的に低い。
「回転挟み込み式」のキックを使っていた1980年代の選手が、「押す」というまったく違った感覚のウィップキックを身に着けるのは確かに多少苦労する事はありえる。 しかし、仮にスピードダウンしたとしても、ウィップキックを使うべきだ。 「膝を悪くし、日常生活に一生支障をきたす」なんて事は、「たかがスポーツ」では極力避けなくてはならない。 それがアスリートレベルであっても同様だ。 引退後の長い人生の方がずっと大切だ。日常の人生を台無しにするスポーツなら、そのスポーツの存在意義はまったくない。 スポーツで非日常を楽しみ、日常に刺激を与えるのがスポーツだ。 マスターズ選手こそ、ウィップキックにトライすべきだ。
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