重心移動ベクトル化運動理論 (6)

〜 腸腰筋(大腰筋)で重心を押せ 〜

高橋大和
2008.06.01

  

 

移動速度を競う競技は、

体の移動速度

を競っているのではなく、

重心の移動速度

を競っているという事が、理解できたと思う。

 

ここでは、

「重心を移動方向にまっすぐ動かしていくにはどうしたらよいのか?」

について考察する。

 

重心移動と捉えれば、

「上半身は重心を引っ張る動作」
「下半身は重心を押す動作」

という事であったが、重心を「押す効果」と「引っ張る効果」のどちらがより大きく移動速度に影響を及ぼすか考えると、「重心を押す効果」の方が圧倒的に大きい

 

「ベンチプレスよりもスクワットの方が重いものを持ち上げられる事」からも、押す方が、引っ張るよりも、効果的に力を加える事が出来るのだ。

 

従って、"重心を押す動作"の最も効果的な方法を考える事が、フォームを組み立てるための中心(基礎)になる。

その重心を押す事に一番効果的な筋肉が深腹筋(しんふっきん)とも呼ばれる腸腰筋(ちょうようきん)だ。

腸腰筋の中でも一番重要視されるのが、大腰筋(だいようきん)だ。

 

なぜなら、大腰筋は腰骨と太ももの大腿骨を結ぶ筋肉、つまり上半身と下半身を繋ぐ筋肉であるからだ。

 

上半身と下半身のつなぎ目がブラブラしていれば、重心云々を抜きにしても、不安定な動きである事は想像できるであろう。

 

図 6-1

 

陸上競技では、「深腹筋を使って走る」という事が2004年頃にすでに認識されている。

 

陸上競技選手なら、「深腹筋」だの「大腰筋」だの、今更、言われなくても良く知っているであろうが、アテネ五輪銅メダリストであるモーリス・グリーン選手が所属していたチームHSIで「深腹筋を鍛える」という話がアテネオリンピック前辺りからマスコミを通じて登場し有名になったためだ。

(2004年当時は、「深腹筋」と呼ばれている事が多かったが、「腸腰筋」の事だ)

 

図6-1を見ても分かるとおり、腰骨と大腿骨を繋ぐ大腰筋なら、腰骨を支えにして、太ももを強く蹴り出す力を発生させる事が可能だ。重心を押し出して、加速させるには最適の筋肉だ。

 

しかも、深腹筋は意識しにくい筋肉のため、強化して最大限利用している選手は少ない。

使っている選手が少ないのだから、自分が利用すれば、大きなアドバンテージを得る事が出来る。

 

残念な事に、スポーツも行政と同じで、競技種目ごとに縦割りになっているため、

「深腹筋を使って身体を動かす」という思考は、4年たった2008年現在、競泳競技まで到達していない。

 

競泳界では、「体幹」という広い意味での重要性は言われるようになってきたが、「腸腰筋」という"より絞り込んだ"動作思考を唱えている人はいない。

(少数の考えている人はいるだろうが、少なくとも一般的には言われていない)

 

これは、「ナンバ走法のナンバ的身体操作が陸上競技界から競泳界に波及し、競泳界で二軸泳法と呼ばれる思考が登場して来るのに数年かかった」のと同様の遅延が発生している事を、意味している。

 

「泳ぐ」事が、「走る」事よりも、運動動作的に突詰め度が低いため、スポーツ界をリードするような新理論が競泳界から登場しない事は仕方ない事だが、他の競技に先行して入って来た理論をすばやく競泳界に取り込むシステムが確立さていない事は、非常に残念だ。

(ただし、この遅延は、競泳"選手"にとっては有利な事だ。他の競技ですでに一般化された新理論を、泳ぎのフォームに展開すれば、凡人でも情報を先取りするだけで、才能のある選手の先を行く事が可能だからだ)

 

競泳競技における腸腰筋(あるいは大腰筋)の重要性は、すでに、伏し浮きの重要性の中で述べている

 

「重心」は、丹田の事であると私は感じている。

「丹田」は、腸腰筋(とくに大腰筋)とその周辺の筋肉の集まりであると、私は感じている。

 

感じているというは、丹田に意識を持っていくと、感覚で感じる事が出来るのである。

一般的に腸腰筋は、意識しにくい筋肉と言われているが、意識できない筋肉ではない。

 

私も1998年の長野五輪の頃、スピードスケートの清水宏保選手が

「大学の頃に人体解剖に立会い、医学書を持ち歩いて筋肉のすべてを知り、筋肉を意識する事で、腸の裏のどこどこの筋肉といった部分まで意識して動かす事が出来るようになった」

という話をテレビで聞いた時には、

「俺には、そんな部分は何も感じない」

と思ったし、

「世界記録保持者の清水選手の持って生まれた感覚が優れていたからできるんだ」

と考えた。

 

しかし、今にして思えば、「腸の裏の筋肉」と言っていたのは、おそらく大腰筋の事であって、大腰筋は、現在私も意識して感じる事が出来る。

自由に動かせるわけではないが、意識する事は出来るし、意識的に力を入れる程度は出来る。

 

伏し浮きの第6章で述べているように、丹田付近の筋肉を丸く丸めるような意識で力を入れると、直径15cm程度のボールのような感覚を感じる事が出来る。これが、重心になるものと私は思っている。

 

この丸い重心を、左右にねじれる事なく安定的にうまく動かして行こうとすると、骨盤の両サイドに縦に20cm程度の筋肉の張りを感じる。

これが場所的にも、まさしく腸骨筋と思われる。

(大腰筋と腸骨筋の使い方は、ヨガを知っている方なら分かると思うが、「ムーラバンダ」と同じか、良く似た力の入れ方だ。私自身がムーラバンダを正確に出来ないため、ムーラバンダとまったく同じとは断定できないが、ヨガでバンダする力の入れ方と同じであると私は思っている)

 

この腸腰筋の使い方は、私の競泳の経験で感じ取ったものではあるが、陸上競技であれ、体操競技であれ、飛び込み競技であれ、重心の感じ方や移動方法は同じはずだ。

 

丹田付近の筋肉を丸めるようなつもりで力を入れる事で重心を作り、腸骨筋でそのボールを挟むような感じで安定させ、そこに下半身からのキック力を伝えていけば、重心が安定的、かつ、ロスなく押し出していく事ができ、効率のよい運動動作になるものと思われる。

(私の感覚では「思われる」ではなく、「間違いない」)

 

重心をまっすぐ動かすためには、腸骨筋で重心を挟んで支えるような感覚が必要だ。

もちろん、重心をブラさないようにするためには、手や足の動きや、体全体の上下動などさまざまな要因が整う必要があるが、重心付近の狭い範囲に絞り込んで見た時には、腸骨筋の使い方は重要である。

 

重心を押し出す力も、大腰筋だけでなく、太ももやふくらはぎ、足首といった筋肉動作からも出力されて来る物だが、重心付近の狭い範囲に意識を絞り込んで見た時には、大腰筋で押し出すことになる。

 

とは言っても、私も「腸骨筋だけに力を入れる」とか「大腰筋だけに力を入れる」という事は出来ない。

「重心を意識して、丹田付近の筋肉をうまく使うと、重心が安定する」という事だけしか出来ない。

 

重心を感じたり、腸骨筋を使うなど難しいと思うかもしれないが、この姿勢は単にスポーツだけでなく、正しい起立姿勢正しい歩行姿勢であり、正しい骨盤の使い方は、日常生活でも腰痛予防といったような効果があるものである。

 

お尻を出して骨盤をそらさず、逆にお腹を前に出す事もなくまっすぐ立った姿勢が、「重心を感じて、重心に正しく体重を乗せ支えている」事になる。

 

図 6-2

 

この姿勢は、水泳競技であれば、飛び込み選手の踏み切り台での姿勢そのものだ。

 

「腸腰筋だのと、細かい筋肉を知ったり、動かし方を知る必要はないだろ?」

と思うかもしれないが、凡人は知る必要がある。

 

才能ある選手なら、意識しにくい筋肉ですら無意識に利用する事が出来るであろうが、凡人は無意識では出来ないから、意識して努力し、追いつく必要があるのだ。

 

人間は、頭でイメージできない事は、実際に実行する事は出来ない。

 

頭でイメージできた事ですら、なかなか実行に移せないのが普通なのに、イメージすら出来ない事は、凡人は絶対出来るようにはならない。

凡人こそ、イメージをしっかり作る必要があるのだ。

 

そのしっかりしたイメージには、より細かな情報とリアルな映像が必要なのだ。

だから、図6-1の筋肉を、自分の体の中の本物の筋肉でイメージして意識する必要があるのだ。

 

次項では、重心移動ベクトル化運動理論的身体操作イメージを説明する。