ひと掻き ひと蹴り (9)

〜 プルの引っ張り方 〜

2010.07.10

  

 

■ プルの引っ張り方

手は、こうなるように引っ張れ!以上。

 

 

 

■ 昔の引っ張り方

昔、自由形が中心一軸S字ストロークだった時代、『フィニッシュ!』による加速は、非常に重要視されていたため、少しでも強く長く押し出すという意図で、お尻の後ろまで引っ張り、押し上げていた。

しかし、『フィニッシュ!加速時代』は、もう、ずっと昔に、終わった。

 

 

中心一軸S字ストロークだった時代には、プルの終盤に一気に強く手を引っ張る事で加速しようという思想であったため、平泳ぎの『ひと掻き』も上図のようにお尻の後ろまで掻いていた。

 

『プルの終盤に、水を強く、たくさん押し出す』的な思想から、ストローク自体も現在使われているストレートストロークではなく、キーホール状(鍵穴)に手を掻いて、ストローク距離を伸ばそうとしていた。

 

 

今現在(2010年)使われているストレートストロークは、おおよそ肩幅まで横に開いた手を、まっすぐ引っ張る。

 

新式の図でも、キャッチ部分(ストローク前半部分)で小さな円を描いているが、実際の動作感覚では、昔のキーホール型ストロークのような円を描くような感覚はなく、

肩幅で引っ張るために、肩幅より少しだけ広い位置まで手を横に開いて、肩幅でまっすぐ引っ張る感覚だ。

※※ 備考 ※※
手を引っ張り始める前に、実際には、肩甲骨を少し前に出して、腕全体を前に出す。

『この肩甲骨の動き』と、『膝の曲げ』が、体内で連動している。
(肩甲骨を前に動かした動きに引っ張られて、膝が曲がるような感覚)

ただ、この辺りのテクニックは、クロールやバタフライのテクニックであるため、クロールの遅い私が云々いうよりも、専門の選手に聞いてもらった方が良いと思う。
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■ ギューンの原理

ただし、ストロークの軌跡は、重要ではない。

最初に示した図のように、太ももの前側でプルが完了する事が重要で、この位置で手の引っ張りがしっくり完了するように、手を動かしてくる事がプルのポイントになる。

※※ 備考 ※※
『過程』と『結果』を逆に捉えてはいけない。

『プルの終わる位置だけを太ももの前にしてみただけ』でも、『キーホールストロークをやめ、ストレートストロークに変えただけ』でも、うまくは引っ張れない。

 

表面の形(表面的なストロークの軌跡)を真似するのではなく、

『しっくりする掻き方をした結果、自然に手の平が、太ももの前に来た』

という掻き方を模索する必要がある。

 

外側映像から見たストロークの軌跡は、自分で泳がずに人の泳ぎをビデオで見て研究している学者が、理論を唱える時に有効なだけで、感覚で泳いでいる選手自身には、軌跡ではなく、感覚が重要だ。

運動理論は、人間の感覚と結びついて初めて、選手に役立つ情報になるのであって、『感覚のない理論』は、選手にとっては机上の空論でしかなく、あっても/なくても、どっちでも良い程度の情報でしかない。

 

『視覚的に、どこを掻くか』ではなく、『感覚的に、どう掻くか』が、選手には重要で、速さを決める要因になる。
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プルの動作が、昔のようにお尻の後ろまでではなく、太ももの前で終わるように手を引っ張ると、1本の水流に体がまっすぐ乗って、ギューンと一直線に加速する。

 

 

顔の下を通って、アゴ、胸、骨盤を通った水流が、

太もも前面と、手の平の間を流れ、

その一直線の水流を、『手の平』と『足の甲』で挟むようにして、

(手の平から飛び出していくジェット水流を、足の甲でなでるように押さえるイメージ)

体が一直線の水流に乗る。

 

この感覚が、抜群に気持ちいい!

ターンの苦しさなど感じないほどの快感がやってくる!

 

『ドルフィンの打ち込み』と『プル動作』がカチっと噛み合うと、

坂を滑り降りたジェットコースターが、その勢いのまま一直線のレールに乗って走るように、水中で体がギューーン!と前に押し出されて、伸びていく。

 

1本の水流を、手と足で挟むため(上り棒を降りるように抱きかかえるため)、体の軸が水流に乗るためだ。

 

 

この水流に体が乗っている最中に、少し離れている左右の足を、第5章で説明した『挟み込み式キック』の要領で挟む事で、わずかながら推進力を生む事も出来る。

※※ 備考 ※※
何度も指摘するが、この『水流に乗る感覚』は、『伏し浮きの感覚』に非常に近い。

『伏し浮きが出来なくても、俺は速い』という言い訳をしている人たちには、感じられない快感(感覚)である。
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これが、旧式の『お尻の後ろまで押し出すプル』では、こうはいかない。

旧式のプルでは、『手の平』と『足の甲』で1本の水流を挟むような力はかけられず、水を押し開くような力のかけ方となってしまうため、体の軸にピーンと筋が通るような支えとなる『一本の水流』など、感じやしない。

 

 

これらの『ギューン原理』は、頭の中だけで考えた私の屁理屈ではない。

『ヘタクソだった時の感覚』と、『うまくなった後に知った感覚』の両方を知っている私の、実体験の感覚原理だ。

 

 

私は北島君が、

 

『なんで、これなのか?きっと何か理由があって、こうしているはずだ』

『プル動作が太ももの前で終わるのは北島君独自のクセだとすれば、手の平を太ももにしっかりくっつけて、少しでも抵抗を減らそうとするはずなのに、そうしていないのは、単なるクセではなく、何か意味があって、結果的にそうなっているはずだ』

 

と、ずっと前から疑問に思っていたのだが、自分が出来るようになった事で分かるようになったのが、これらの感覚なのだ。

 

2008年北京五輪 200M平泳ぎ決勝