伏し浮き(蹴伸び)技術 (3)

〜 なぜ、伏し浮きが必須条件なのか 〜

高橋 大和
2008.02.01

  

 

【なぜ、伏し浮きが出来なければならないのか?】

伏し浮きは、競泳選手として絶対必要条件である。

種目が何であっても関係なく、"選手なら全員"できなくてはならない。

 

伏し浮きが出来ない人は、足先から沈んで、徐々に後ろにバックしながら沈んでいくはずだ。

 

図 3-1

 

これが、伏し浮きの出来ない選手が泳いでいる時に、常に体にかかっている力だ。

この"バックする力(マイナスのベクトル)"を引っ張りながら泳いでいるのだ。

 

つまり、重りを引っ張りながら泳いでいるのと同じなのだ。

野球なら、練習でタイヤを引っ張りながら走っているようなものだ。

 

「沈む力」に常に引っ張られているため、発生させた推進力のすべてを「進む事」に利用する事が出来ない状態で泳いでいる事になる。

こんな選手は、蹴伸びで10Mも進めないはずだ。

 

伏し浮きが出来れば、蹴伸びだけで12.5Mは確実に進める。

 

実際に泳いでいる時は、伏し浮きが出来ない選手も後ろにバックする事なく前に進んでいくのは、スカーリングやキック動作で浮力を発生させたり、プルの推進力で浮き上がらせているだけに過ぎない。

 

「なんだ、補いながらでも浮いてるんだから、いいじゃないか」

ではない。

「補う」という事は、その分、

推進力に回せる力を、浮力に使って無駄に浪費している

という事なのだ。

 

「ほんの少しだけスカーリングを使ったり、軽いキックを入れるだけで浮けるのだから、その程度の小さい力を浮力に使ったところで問題はないのではないか?」

などと、能天気な事を言っていては、君は本気でトップを目指していない。

 

「トップを目指す。夢はオリンピック」

は、口先だけで、本気ではない。

 

「感じる事が出来ないほどのわずかな水着の抵抗」

を気にして、最新の水着を着ているにもかかわらず、自分の体が生み出している

「"目に見るほど大きい"バックする力」

を改善しようとしないのは、まったくのド素人がやる事だ。

0.1秒を戦っている競泳選手にあるまじき、甘い考えだ。

 

「伏し浮きは出来るんだけど、必要ない技術だから使わない」

事と

「伏し浮きは出来ない。必要だとは思えないから、出来なくてもよい」

事は、まったく違う。

 

「出来るけど、使わない」

のは、貪欲に技術の試行錯誤をする姿勢があり、選手として正しいが、

「出来ないけど、出来なくても、使えなくても良いと思う」

は、単なる言い訳であり、選手としての基本的な考え方に問題がある。

 

「伏し浮きは、重要ではない」

と主張するからには、まず、自分自身で伏し浮きが出来なければならない。

 

私が、「伏し浮きの重要性」を知ったのは、2002年に「水の上を走れ」(日本図書センター刊、1800円)を読んだ時だ。

 

(この本自体は、無理やりページ数を稼いでいる感じが少しして、1800円は高い気もするのだが、本の中で図示されていた「死体が浮いているかのような基本姿勢」を見たときには、古い競泳フォームのイメージ概念を打ち壊すのに十分なインパクトを与えてくれた)

 

この本の中の記事で、1980年代後半に活躍した元100M自由型日本新記録保持者の藤原勝教さんが

「競泳選手ですら、伏し浮きが出来ない人がいる」

と強く主張していたのを読んだときだった。

2002年当時の競泳界では、「肩甲骨を使って泳ぐ」や「伏し浮き」や「2軸泳法」という話はほとんどされていなかった。

陸上競技から「なんば走法」が競泳界に波及してきた2004年頃あたりから、「伏し浮きの重要性」が言われ始めた。

北島康介選手が、世界記録やオリンピック金メダルを獲得した影響もあるだろう。

 

私自身も、最初に「伏し浮き」の話を知った時には、その重要性を信じる事が出来なかった。

なぜなら、私自身、「伏し浮き」どころか「だるま浮き」すら出来なかったからだ。

 

図 3-2

 

「だるま浮き」とは、「体育座り」の姿勢で水中に浮いた時、図3-2の左側のように背中側が水面に浮かなければならない。

 

ところが、2002年の私は右側のように頭の頂点が水面に向いてしまって、図3-2左側のように浮く事は出来なかった。浮いてもすぐに右側のようになってしまっていた。

 

「泳げない幼稚園児に教えるようなこんな事が出来なくたって、俺はちゃんと全国大会で活躍している。出来なくてもいいんだ」

という考えの方が最初は大きかった。

なぜなら、だるま浮きは数ヶ月程度で出来るようになったが、伏し浮きはなかなか上達しなかったからだ。

 

「伏し浮きが出来なくたって競泳選手としてやって来れたんだから、こんな基本的な事に練習時間を割くのはもったいない」

という思いと、

「日本新記録保持者が、必要不可欠だといっている技術を無視して良いはずがない」

という思いが交錯していた。

 

たった一冊の本の言う事だけでは、信じきる事が出来なかったので、一所懸命やったのは最初の数ヶ月だけで、後は思い出した時に蹴伸び練習がてらに伏し浮き練習をやっていた。

 

そして、2007年についに出来るようになった。実に5年である。

 

「出来るようになるまで、5年」と聞いて諦めないで欲しい。

私の場合、コーチがいる訳ではなく、一人で練習をモクモクとこなしているので、日本のトップ選手やトップコーチに真偽を確認する事もできず、半信半疑のまま、伏し浮きの練習をやっていたから5年もかかったものと思われる。

 

しかも、私の5年というのも、「完璧に浮けるようになるまで5年」であって、2年くらいでおおよそ浮けるようになった。

「おおよそ」というのは、浮いてはいるが、足が少し下がった所で浮いていて、まっすぐ浮ける人の伏し浮きからすると、不恰好で、20秒〜1分くらいするとやっぱりゆっくりと沈み始めるという程度だ。

 

伏し浮きの重要性を信じて、きちんと練習すれば1年くらいで出来るようになるはずだ。

(もちろん、センスのある人はすぐ出来るようになるはずだが、私のようにセンスのない人はどうしても時間がかかる)

 

次項では、伏し浮きとフォームとの関係について述べる。