スプーン泳法 (8)

〜 推進力は丹田から生み出される 〜

高橋 大和
2010.10.01

■ 手足は水に力を伝える道具

前章で先に、手足の動作感覚(動作支点)を説明したからといっても、そこはあまり重要ではない。

『手足の動作』が水を押す事で体が進んでいるのは確かだが、手先足先の動作は、車でいうタイヤであって、エンジン(推進力発生装置)ではない。

 

車のタイヤが、『エンジンで生み出された推進力を地面に伝える道具』であるのと同様に、

泳ぐ時の手足の動作も、『推進力を生み出す装置』ではなく、『推進力を水に伝える道具』に過ぎない。

 

ピラミッドの構造を明らかにするには、ピラミッドの頂点(物事の表面)から分解して説明する方が分かりやすいから、先に手足の動作を説明しただけで、

ピラミッドを作る時は、ピラミッドの底辺から組み上げていく事を忘れてはいけない。

 

 

■ 泳ぎの開発戦略

速い車は、強力なエンジンを積んでいるから速い。

 

推進力を生み出す装置である車のエンジンが、ボディに隠れて見えないからと言って、力を伝える道具に過ぎないタイヤの開発を優先するエンジニアはいない。

むしろ、使用するエンジンが先に決まる事で、タイヤやボディバランスが後から決まってくる。

 

速く泳ぐのも同様に、大きな出力を発生するエンジンの仕組みを開発する事が最優先課題で、優秀なエンジンがあって初めて、手足の動作(ストローク)が活きてくる。

 

乗用車にF1カーのタイヤを付けても、乗用車の性能さえも引き出せなくなるのと同様に、

自分の低能なエンジン機構を放置したまま、ストロークの軌跡ばかり真似ても、そのストロークが活きる事はない。

 

かといって、『筋トレで、エンジンを強化しよう』というのも、安易な愚策だ。

筋力アップだけで出力を上げても、重くて、燃費の悪いエンジンを積む事になって、後半失速してしまう。

(筋力トレーニングも競泳に必要なトレーニングのひとつではあるが、筋肉は比重が重く、水に浮かない事を考慮して、強化する必要がある)

 

動作の無駄を突き詰めて、『効率良く力を出力する方法(動作機構)』を模索し、身に付ける事が、速く泳ぐための最優先課題で、

『力を水に伝える方法(手足の細かい動作ストローク)』は、その後の話だ。

 

エンジンが決まれば、自ずと、手足の動作(ストローク)も決まってくる。

 

つまり、旧式のモーターボート姿勢にはS字ストロークの方が自然だし、新型のフラット姿勢にはストレートストロークの方が、動作感覚として自然だ。

 

※※ 備考 ※※
目に見えやすい部分に視点を奪われた『小手先の戦略』が、現実社会でも愚策であるのと同様に、物事の表面をこねくり回すのは、モグラ叩きゲームに時間を浪費するだけだ。

(こっちの問題を叩けば、あっちが出る。あっちを叩けば、また新たな問題が出てきて、いくらやっても終わらない)

短期的に見て時間がかかってでも、物事の根本部分にメスを入れるから、物事の表面に現れてきている多くの問題が一気に解決する。
※※※※※※※※

 

 

■ 推進力の発生源

泳ぎの出力を発生させるエンジンは、丹田だ。

(私自身、まだまったく極めきれていないため、『丹田出力説』は実証が不十分で自論の域を出ていないが、ヨガや武術でも同じ方法で力を出力させるので、おそらくかなり正しいはず)

 

 

どんな世界でも、物事を突き詰めると、そこには常に、シンプルな仕組みが存在する。

 

E=mc²
(エネルギー = 重さ × 光速 × 光速)

 

を見ても分かるように、表面の複雑さに隠れていたそのシンプルな仕組みは、とても美しい。

 

チーターが全力疾走する姿を見ても分かるように、動物は、丹田(下腹部)から前後方向(上/下半身方向)に発生させた力を手先足先に伝える事で、より速く移動している。

 

チーターのダイナミックな力が、地面に接している足先からではなく、

『下腹部からミゾオチにかけての、しなやかで、スムーズな動き』

に見て取れる事で、感覚的に理解できるはずだ。

 

 

※※ 備考 ※※
水の浮力を利用できない陸上動作であるにも関わらず、ミゾオチ支点で動作し骨盤を引っ張っる事で、結果的に、『体全体の上下動が少ないまっすぐな移動』を実現している所が面白い。

『どんな分野でも、物事の本質は同じ』

である事からすると、おそらく人間が陸上を走る時も、競泳の浮心支点泳法と同じように、ミゾオチ支点の走法を目指せば速く走れるのではないだろうか?
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『力の三重構造図』で示した『泳ぐ時の強い力』が、丹田から発生させた力に相当する。

 

 

 

この『下腹部から上下方向に押し出す力』は、伏し浮きの姿勢を作る時にも感じる力で、この力の出力を上げれば、そのまま泳ぎの推進力になる。

 

 

「丹田から体の上下(前後)方向に押し広げる力」が推進力

 

丹田から上への力はミゾオチにぶつかり、頭の天辺に抜けていく。

(頭の天辺の横に肘があるので、プルは肘の力で動作させると、しっくり来る)

 

丹田から下への力は足の付け根から大腿骨の前側を通って、膝に抜けていく。

 

チーターの全力疾走を見ると分かりやすいが、

【1】
後ろ足で蹴り出した力(勢い)がミゾオチにぶつかって、ミゾオチを前に押し出し、

【2】
押し出されたミゾオチに、骨盤が引っ張られて、体全体がスムーズにまっすぐ、前に移動する。

【3】
プル動作(前足)は、体の移動に自然に追随させて、体全体のまっすぐな移動を邪魔しない範囲で、肩甲骨ごと前後にまっすぐ動かしている。

 

 

チーターも、

猫背気味で、下腹部に向けてお腹がへこんだ姿勢を使い、

ストレートストロークを利用している所が、

世の中の本質を現していて、おもしろい。