スプーン泳法 (9)

〜 丹田推進姿勢のイメージ 〜

高橋 大和
2010.10.10

■ 後ろに押し伸びる姿勢

『前に、前に!出来るだけ前に伸びて、できるだけ前の水をキャッチする』

 

という旧泳法時代の指導の影響が、今でもまだ残っているせいで、

後ろに押し伸びる』

といったような私の動作感覚を聞くと、

 

『前に泳ぐのに、なんで後ろに伸びるんだよ!前に進むんだから、前に伸びるのが当たり前じゃないか!後ろに伸びてどうするんだよ?』

と、過去に選手経験のある人ほど強く思う事だろう。

 

分かってしまえば当たり前の事でも、当たり前の事を当たり前だと認識するのは意外に難しい。

 

 

■ 思考実験

『ギリギリ手が届くか、届かないかといった、高い所に置いてある荷物を取る時』

を思い出して欲しい。

 

『目標物である荷物を目で見ながら取ろうとすると、指先が微妙に荷物に触れるだけで取れない』

といったような状況だ。

 

はたして、どちらが、より伸びる事が出来ているでしょうか?

 

高い所にある荷物を取る

 

『表面に現れてきた結果(目で見る事が出来る結果)』に視点を奪われ、

『手のひら一枚ごときの、微々たる差』

に納得していてはいけない。

 

目から見えるそんな微々たる差は、『タッチの差』でしかなく、

新旧姿勢のこの差は、『タッチで争う以前の問題』で、

泳ぎ自体(力の伝わり方)で大きな差となって現れてくる事を、体感として感じ取る事が大切だ。

 

『結果に捉われる』から、世の中が逆さまに見える。

 

 

この荷物実験は、『状況』と『その結果』だけでなく、

『動作感覚』までもが、『実際に泳いでいる時の姿勢』に、

非常に、限りなく、近い。

 

 

体内でかかる力

 

【思考の視点 1】
力のかかっている『方向』と、『その到達位置』(ピンクの両矢印

【思考の視点 2】
動作支点(青い点

 

に意識を向けて集中し、イメージを膨らませて、

『自分の体内における筋肉の使い方の違い』

を十分に感じて、納得するまで実験を繰り返して欲しい。

 

 

■ 荷物を見る方式(旧型姿勢)

旧式 モーターボート姿勢

 

【1】 が動作支点(骨盤が水平ではない
【2】 エビ反っているせいで、胴体周りが絞まらない
【3】 肩甲骨を寄せている

といった点で、旧型のモーターボート泳法姿勢に限りなく近い。

 

荷物を見て背伸びをすると、腰に支点が出来て、体がエビ反ってしまう。

手が微妙に届かない上に、お腹を突き出すように体が反ってしまうために、上半身を腹筋で支えられず胴周りを絞められない。

 

力が弓なりに手先まで伸びるので(ピンクの矢印)、手先に力は入れやすいが、

仮に荷物を手で持つ事が出来たとしても、腰の一点で支える事になり、腰痛持ちなら体がフラフラしてしまう(泳ぎなら、腰が沈む)。

 

『新型姿勢の方で荷物が取れたって、手にあまり力が入らないから、荷物を落しちゃうじゃないか!

旧型姿勢の方が重い荷物でも下ろせる。

つまり、腕に力が入るんだから、強いプルが掻けていいじゃないか!』

という思考は、安易だ。

 

1ストロークごとに、全力で手を掻く泳ぎ方は、旧式モーターボート泳法で、

『フィニッシュ!フィニッシュを全力で強く押し出せ!』

とやっていた、エネルギーを無駄に捨てていた時代の『燃費の悪い泳ぎ方』だ。

 

相撲や重量挙げで、膝をガバっと開く方が重いものを持ち上げられるからといっても、平泳ぎのキックでは膝を開かないのと同じだ。

 

『競馬』と『農耕馬』の違いと同じで、『タイムや飛距離を競う競技』は、『重いものを持ち上げる競技』とは違う筋肉の使い方をする。

 

平泳ぎのキックは、

『垂直ジャンプのような、ほど良い力』

あるいは、

『バレーボールの選手が、適度な膝の開きと軽い屈伸動作からスパイクを打つ時と同じ力』

つまり、『跳躍力』の適度な力加減を使う必要があるのであって、

『重いものを持ち上げられるかどうか』は、問題ではない。

 

競泳では、『跳躍力的な力』さえ出せれば、それで良いのだ。

 

そんな事よりも何よりも、そもそも、

『細い腕の筋肉が出せる全力』

に視点を奪われている事自体、戦略を誤っている。

 

『腕と、お腹の筋肉は、どっちが太いのか』

という視点から、戦略を練り直した方がよい。

 

『ゾウ』と、『チーター』の走りの違いを、じっくり考え直してみるとよい。

 

 

■ 荷物を見ない方式(新型姿勢)

新式 スプーンイメージ姿勢

 

目標物の荷物を目で追わずに、指先の感覚で荷物を探し当てれば、荷物を掴む事が出来る。

 

この姿勢は、

【1】 ミゾオチが動作支点(胴周りの筋肉を使える余裕がある)
【2】 力が、『かかと』『肛門』『ミゾオチ』『頭の天辺』の一直線で伝わる
【3】 肩甲骨を寄せていない

といった点で、スプーン泳法姿勢(新型泳法姿勢)に、限りなく近い。

 

『より前方に腕が出せる』だけでなく、

力が、頭の天辺にまっすぐ抜けていく』ため、

『動作にまっすぐな芯が通る』うえに、

肩甲骨を寄せずに済んで(肩甲骨を開けるので)、

腕の動き(肩甲骨の動き、ストローク)に余裕が出来る。

 

 

この動作、実際にやってみた?

ほら、『骨盤を押し下げてる感覚』があるでしょ?

 

『体(ミゾオチから下)が地面側に押し伸びている感覚』があって、

その時、『骨盤が水平』でしょ。

それよ、それ。

 

丹田(下腹部)から出力された大きな力が、

この『水平の骨盤』から押し出され、

体内の中心をまっすぐに伝わり、

手足の動作によって、丹田の力が水に伝えられる事で、

スピードが出る。

 

この姿勢は、『正しい歩き方の姿勢』と同じ。

ハワイアンダンスや、マイケル・ジャクソンのポーーーですらも、同じよ (^.^)

 

 

(腰が動いてるんじゃなく、ミゾオチから動かしている事に気付くでしょ)

 

 

『普段の歩く時ですら、泳ぎの練習になる』

事にまで、発想を飛躍できた??

 

 

『練習は、練習時間にするもの』

という思考は、平平凡凡の凡人の発想。

 

『練習をがんばる』

なんて所で差を付けられるのは、『二流の勝負』までで、その上の舞台で勝負するには、凡人思考のままでは、もう登れない。

 

 

凡才でも、練習を『普通の日常生活』として乗せてしまえば、秀でるチャンスは十分にある。

 

 

『インターハイにすらも出場できず、大学に2浪して自力で入った、平凡過ぎるほどに凡才な選手が、25歳にして1996年アトランタ五輪に個人メドレーの日本代表として出場した吉見譲』が、

日常生活で世間話をしている時でも、普通に、体のあちこちを伸ばして動きながら話すのを見た時、

『練習前にストレッチの時間を作って、ストレッチをしていた自分。しかも、それすらもいい加減に考えて、手を抜いていた自分』

との

『取り組み姿勢の違い(やり方を見い出す発想の仕方の違い)』

に気付き、この

『取り組み方を発想する時の違い

が、泳ぎ方やテクニック、トレーニングのやり方にまで及んでいて、

その差が10年にも及んだ時の膨大な差を痛烈に感じた。

 

自分が二流選手で終わったのは、

『生まれ持った才能が平凡だったせい』

ではなく、

『凡人な思考しかしないせい』

で、

『平凡な思考から発想した平凡な戦略のせいで、平凡な結果しか出せなかった』

事に、私はこの時、初めて気付いて、

 

自分にはインターハイに出るだけの才能があったにも関わらず、

『生まれ持った素質が平凡だったから・・・だから、オリンピック選手にはなれなかった』

と、心の奥で、自分に対して言い訳をしたまま30歳にもなっていた自分の幼稚な思考を恥じた。

 

生まれ持った気質や素質は変えられなくても、思考は、何歳からでも変えられる。

若かろうが、年を取ろうが、思考なら、思い立ったその時から変わり始める。

 

そこが変わらなければ、結果もずっと、変わらない。