スプーン泳法 (7)

〜 浮心支点の動作原理 〜

高橋 大和
2010.09.20

■ なぜ重心ではない所でバランスが取れるのか?

浮心を支点にして動作する事を可能にしているのは、『力の三重構造』の中で一番背中側で発生する『水を引っ掛ける弱い力』の『バランス関係』を利用しているからだ。

 

 

 

『水を引っ掛ける弱い力』が『浮心を中心にしてバランスを取っている』事を示したのが、下の図だ。

 

浮心を中心にバランスが取れる

 

泳ぎの動作支点が『浮心』にある事の利点に気付いただろうか?

 

浮心支点では、肺という浮き袋を動作支点にしているため、動作支点を肺で支える事が出来る。

つまり、手足の動作で、いちいち浮力を発生させる必要がない。

 

『推進力を削ってまでして、スカーリングやキック動作で浮力を発生させながら泳いでいたモーターボート泳法(重心支点)』に比べれば、非常に合理的なシステムだ。

 

 

これは屁理屈ではない。

 

私が実際に感じている感覚で、

『スプーンにミゾオチを乗せたまま泳ぐ時』

に、浮心の上側(背中側)でヤジロベーのバランスが取れていて、手先/足先に引っかかる水が前後のバランスを絶妙に取っている。

 

このバランスを崩さないように、プル/キック動作をすると、

『水流の上を、ミゾオチで滑るような感覚』

が、泳ぎに生まれる。

 

つまり、『プルだけ、あるいはキックだけに力を入れようとして、動作タイミングがずれる』、

あるいは『S字ストローク時代のように、加速/減速の大きな泳ぎ』ではバランスが崩れて、

水流に乗る感覚が消えてしまう。

モーターボート泳法と比べると、かなり繊細な泳ぎ方である。

 

 

ちなみに、ヤジロベーの中心が真ん中(腰)からズレているのは、『支点の前方にある胸や頭が重い』からだ。

 

『腰だって重いじゃないか!腰を図に描いてないのはずるいじゃないか!』

と文句が言いたくなるのは、伏し浮きが出来ないからで、

『力の三重構造』ですでに説明したように、腰は、『ゲロ吐き力の原理』によって、水にスーっと浮いている。

 

伏し浮きの感覚を知らないから、『伏し浮きが出来ないせいで沈む重心』を支点にした泳ぎしかイメージできず、『浮心の支点』が感覚的に理解できない。

 

伏し浮きが出来ない人は腰が沈む

 

 

■ 天使のコブ

『天使の羽が生えてくる場所(肩甲骨の下辺り)』が支点になる理由は、

 

 

『三重構造の力を作り出す時に、ミゾオチを押し込んだ最初の力の、その先に背中があって、そこが支点になっている』

からだ。

 

 

常にフラット姿勢で泳ぎ続けるクロールでは、映像としても見え難いが、

息継ぎで上下動する平泳ぎの場合には、キックの押し出し動作の時に、『天使のコブ』を映像として目で見る事が出来る。

 

2008年北京五輪 200M平泳ぎ 北島康介選手

 

2010年パンパシ 200M平泳ぎ 北島康介選手

 

昔の平泳ぎの選手は、キックの蹴り出し動作の時、『背中がまっすぐ』だが、最近の選手は、猫背のような感じで背中が丸い。

 

この『天使のコブ』は、

『ミゾオチを押し込む力をかけたまま泳いでいる(伏し浮き姿勢を出来るだけ保とうとしたまま泳いでいる)』

事を示しているはずで、

『ミゾオチを押し込んだ力が、背中側に飛び出している』

とみて良いはずだ。

 

※※ 備考 ※※
昔の選手が、この猫背を真似しようと思っても、なかなか真似できない。

なぜなら、『モーターボートイメージで反り上げた姿勢から、頭を斜め前に突っ込む事で、背中を丸めようとする』からだ。

 

実際の呼吸動作は、肩を前に移動させない。

『ミゾオチを押し込んだ姿勢を出来るだけ維持しながら呼吸をし、キックをスムーズに押し出す』には、上半身をに丸めて突っ込むのではなく

上半身ごと後方にバックしながら押し出す必要があって、『後方にバックする動作』によって、背中が縮こまるようにして丸まる。

 

『背中を丸める』のではなく、『結果的に、背中が丸まる』のである。
※※※※※※※※

 

■ 整流効果(?)

 

もしトンボが、『人間の腕』のように、『頭の前方へ羽を出す』ことが出来たとしたら、それはスプーン泳法に非常に近い。

 

『前方に出したトンボの羽の感覚』は、『泳ぐ時に前に伸ばした腕の肩甲骨の感じ』と良く似ている。

(トンボの気持ちになってる俺だけかな? (^.^))

 

 

この、

『頭側にずれた所に、動作支点がある』

というのは、よく考えてみると自然界ではむしろ普通の事だ。

 

空を飛ぶトンボや鳥だけでなく、それこそ水中を泳ぐ魚も、頭側が重く、下半身側に細長く伸びている。

 

『空気や水の抵抗を避けるには合理的な形だから』

という事はもちろんだと思うが、地上を歩くように設計されている人間が泳ぐ場合は、抵抗とは別の面あるように思う。

 

 

私は小学生の頃、竹を削って凧を作った事がある。

(戦後の復興期じゃないですよ (^.^) 学校の図工でやらされたんです)

 

当時は意味も分からず付けていたのだが、『足のない凧』は左右に暴れてうまく上がらない。

そんなバランスの悪い凧でも、足をつけるだけで、うまく上がるようになる。

 

 

私は航空力学の事はまったく分からないが、

(そもそも私は、『飛行機がベルヌーイの原理で飛ぶ説』は間違いだと思っている。空を飛ぶのは泳ぐのと同じで、『作用反作用の原理』だと信じている)

おそらく『凧の足』は、空気の流れを整流する効果があって、凧をまっすぐ上に登らせるための装置であると思う。

 

スプーン泳法の場合にも、ミゾオチから下の長い部分が水流を整流し、体全体のをブレを押さえる効果があるのではないかと思う。

 

というのも、伏し浮きテクニックを使った現在の泳ぎは、水にプカプカと浮いて体全体が軽い状態で泳いでいるせいで、モーターボート泳法の時代と違い、ちょっとした波でも泳ぎが流されてしまう。

そのせいで、現代泳法は、おかしなローリング動作などで発生した波や抵抗の影響を受けやすくなっていると思われる。

 

浮心で重心を引っ張る事で、重心をよりまっすぐ引っ張れるようになり、泳ぎのブレを抑えているのではないかと感じている。

(『考えている』のではなく、『泳ぎの感じ』からして、『感じている』)

 

 

実際、スプーン泳法(現代泳法)では、腰に、『モーターボート泳法のような力』は入らず、『浮心(ミゾオチ)から腰の部分』は、スーっというリラックスして伸びるような滑らかな力しか入っていない。

 

速く泳ぐ選手の外見はフラットに見えるだろうが、ミゾオチから下の筋肉が、適度にリラックスしているおかげで、体内の感覚では、波打つような滑らかな感覚を感じている。

これは、骨に近い所の(体の深い所の)筋肉感覚であるため、『上下動の少ない泳ぎをしている選手の映像』からはまったく捉えられないダイナミックな動きだ。

 

この『腰のリラックス状態』は、重心移動ベクトル化競泳理論の第4章で説明したように、重心のブレを押さえる効果があるはずで、理論的にもおかしくはない。