スプーン泳法 (2)

〜 モーターボート型 泳法イメージ 〜

高橋 大和
2010.09.01

  

 

■ 旧式 『モーターボートイメージ』

1990年代末期まで使われ続けた泳ぎのイメージは、

『モーターボート』

であり、4泳法で共通して使われたイメージだった。

 

少なくとも20年間は使われ続けたイメージで、

『目指すべき泳ぎのイメージを、選手たちに分かりやすく提供した』

という面で、水泳界に絶大な貢献をした泳法イメージだ。

 

 

『モーターボートがお尻のエンジンの勢いを利用し、船の頭を水上に持ち上げて水面を進む』

のと同様に、

 

『キックの勢いを利用して上半身を浮かし

顔の前にあるボールを腕全体で包み込むようにして水をキャッチし(ハイエルボー)、

キャッチした水をお尻の後ろに強く押し出すようにして進む』

 

のが、モーターボートをイメージした泳法だった。

(クロールを例示しているが、バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎとも、同様の理屈で泳いでいた)

 

 

この旧式のモーターボート泳法の動作感覚は、

背中の肩甲骨を寄せながら(腕を内転させ、親指を下)、胸を突き出すようにして胸を張り、腰を反り上げる感覚

だった。

 

モーターボートイメージの旧泳法

 

 

一方、現代の選手は、まるでへっぴり腰のように腰が引けていて、お腹がえぐれるようにへこみ肩甲骨は開いて小指がおおよそ下)、まるで猫背のような姿勢で泳いでいる。

 

伏し浮きをベースにした新泳法

 

平泳ぎ以外は遅く、美的センスのない私の絵だと、動作の細かい微妙な部分がおかしいかもしれないから、念のために実際の水中映像と見比べると、

 

2008年北京五輪 200M自由形準決勝

 

ほらそっくり。

『図の中で示した矢印』を見た後に実際の映像を見ると、見えなかったものが見えるようになってるでしょ (^.^)

 

ちなみに、『モーターボートイメージで腰を反る一流選手』がもういないので、旧式で泳ぐ選手の都合のいい水中映像がないのだが、

伏し浮きの第2章で紹介した元100M自由形世界記録保持者で1984年ロス五輪金メダリストのゲインズさんはエビ反って、こんなに伸びきっている。

 

1984年ロス五輪 100M自由形金メダリスト ゲインズさん

 

 

■ 新泳法が速い理由

新泳法が速い『直接的な理由』は、『水流がまっすぐ流れている所』だ。

(上図に示した新旧それぞれの泳法の『水流の矢印』の向きを、よく見比べるてみる)

 

『I字ストローク(ストレートストローク)だから速い』わけではない。

I字ストロークは『速さの原因』ではなく、『結果』だ。

 

その証拠に、I字ストロークとは無関係な平泳ぎも、クロールと同等かそれ以上に速くなった。

 

『I字ストロークを使うから速い。I字ストロークが速さの原因』だとすれば、『平泳ぎも速くなった事』の説明がまったくつかない。

(つまり、古いS字ストローク泳法を使っていた人が、見かけ上だけI字ストロークを真似て、まっすぐ引っ張るストロークに変えただけでは、速く泳げるようにはならない)

 

『ストロークの軌跡』が『速さの原因』ではなく、もっと根本にある別の要因が進化したから、I字ストロークとは関係ない平泳ぎまで、速くなったはずだ。

 

 

平泳ぎのプル動作と違って、腰の所まで手を引っ張るクロール(やバタフライ)の場合、

『"まっすぐ流れる水流"を乱さない合理的なストロークは、当然、まっすぐ引っ張る事』

だから、I字ストロークを使わざるを得ないのだ。

 

つまり、水流がまっすぐ流れるようになる姿勢、すなわち、伏し浮きが出来て、伏し浮きの感覚を維持したままストロークを行わなければ、I字ストロークの恩恵は得られない。

(『手の動き』を真似ても意味はなく、体全体の使い方を真似られるようになると、S字に掻くほうが体がブレて、感覚的に気持ち悪い)

 

 

なにも、プルだけの話ではない。

旧泳法のクロールでは、足をピーンと伸ばしたまま、上下にバタバタ動かしていた。

上半身を反り上げて泳ぎ続ける都合上、こっちの方が、都合が良かったからだ。

 

しかし、新泳法のクロールでは、膝を大きく曲げてキックしている。

(上に示した、2008年北京五輪映像の膝に注目)

 

『新泳法のまっすぐ流れる水流を描いた矢印』と合わせて見ると分かるように、

『水流を乱さずキックするには、膝を曲げてスネ(足首の上の辺り)を使い、後方に押し出すキックを打つ方が合理的』だからだ。

 

伏し浮きテクニックを使って新泳法で泳ぐ時、『足をピーンと伸ばして上下に動かす旧式のキック』を使ってしまと、

前方からまっすぐ流れてくる水流を、上下キックで乱してしまい、もったいない。

『水流の乱れ』は、すなわち、『抵抗』

 

だから、2008年北京五輪の選手たちは、一見するとまるで『初心者が使うような、水を押すキック』で、クロールを泳いでいるのだ。

 

 

■ 旧式 『S字ストローク』

20世紀に使われていた旧式の泳ぎでも、水流はもちろん、それなりにスムーズに流れていた。

 

ただ、『まっすぐな水流』ではなく、『緩やかに曲がった水流』に乗って泳いでいて、

現在の最新泳法よりも無駄が多かっただけで、当然、それなりに合理的な動作をしていた。

 

 

旧泳法では、上半身が反り上がっているせいで、胸の前にスペースがあった。

 

そのスペースを使って、『腕を内転させて、肘から先だけを曲げるハイエルボー』という古いキャッチテクニックを使って水を掴み、S字状(アウト - イン - アウト)にストロークしていた。

 

曲がった水流を乱さずS字ストローク

 

クロールの最新泳法が、

手は、腰の位置で抜く(肩甲骨ごと腕を前に出して、より前方からストロークを開始しているため、結果的に腰の辺りで押し出しが完了)』

のに対し、旧泳法では、

『フィニッシュ!!ヘソからお尻の下まで強く押し出し、フィニッシュ!!』

していたのは、

『曲がった水流が、まっすぐ後方に流れ出すのが、足の付け根付近からだったから、フィニッシュ!!でしか押し出す場所がない』

からだ。

 

 

旧泳法が、『フィニッシュの加速』と、『反対の手で行う、次のフィニッシュ動作までの減速』の差が大きく、『大きな加速/減速を繰り返す泳ぎ』だったのに対し、

新泳法では、まっすぐ流れる水流に沿って、そのままストロークを乗せていくため(これが、I字ストローク)、一定スピードで泳ぎ続けられる分(『加速/減速の小さい泳ぎ』の分だけ)、効率的に泳げる。

 

I字ストローク(ストレートストローク)

 

 

効率の良い新泳法で泳ぐ若い選手たちは、

『なんで昔の人は、こんなクネクネして効率の悪い泳ぎ方を良いと思ってたんだろう??こんなおかしな泳ぎをしていて、疑問に思わなかったんだろうか?』

と不思議でたまらないはずだが、

当時の人は、最新の泳ぎを見た事もないせいでイメージすらもできず、その最新の動作感覚を知らないのだから、仕方なかったのだ。

 

I字ストロークが一般に認知されるきっかけになったのは、イアン・ソープ選手の泳ぎだが、この

『当時の常識を無視する能力を持った、初期の選手たち(及び、それを許したコーチ)』

は、間違いなく、すごい。

 

ただ、『常識を真似る』のは、いつの時代でも普通の選手がやっている事で、最新のI字ストロークを使いこなして、昔の選手より速く泳げるからと言っても、それは普通の事。

そんな選手が昔に生まれていたとしても、『その当時の常識』で泳いでしうまうだけで、やっぱりトップレベルに上がれない事に疑いの余地はない。

 

なにも、若者批判をしているのではない。

 

『10年先のテクニックを身に付ければ、君にもオリンピックのチャンスがある。代表選手の半数以上は、ノーマルな才能に、まだ常識として語られていない10年先のテクニックで、その地位を得ている』

 

その事に気付いて、自分の可能性を別の視点から捉え直して欲しい。

 

※※ 備考 ※※
2000年頃、

『イアン・ソープ選手は、なぜS字ストロークじゃないのに、格段に速いのか?』

という疑問から、I字ストロークが一般に認知され始めた。

(2000年の段階ではまだ、『I字ストローク(ストレートストローク)』という言葉すらない)

 

ただ、ストレートストロークで実際に速く泳いで見せた最初の選手は、イアンソープ選手よりも10年も前に活躍したジャネット・エバンス選手だ。

 

この時代は、『水着は抵抗』でしかなく、『水着で体を覆うのは不利な時代』(女子はハイレグ時代)にもかかわらず、

彼女の記録は、2008年に高速水着が登場するまで19年間も破られなかったほどの驚異的な世界記録を連発した。

 

そんな驚異的な選手であったにも関わらず、1988年当時の彼女は、『当時の常識』になにひとつ合致しない泳ぎであった事から、

 

『体格にも恵まれていない選手が(身長163cm)、S字ストロークも使わず、手を伸ばしたままグルグルブン回す汚い泳ぎで(悪いフォームで)、なんであんなに飛び抜けて速いのか、まったく分からない。

彼女は、持久力がすごいとか、なにかそういう技術面以外の理由で速いのだろう。

彼女は特別で、彼女の泳ぎを真似したらダメだ。』

 

と、フォームテクニックという面では、完全に邪道扱いされ、無視されていた。

(確か当時、メジャーな呼び方ではなかったが、エバンス選手の泳ぎを『水車泳法』みたいな言い方をする事があった。

2000年前後の男子短距離自由形で、50M自由形ですらピッチを上げないゆっくりとしたストロークで、しかもVパン水着のまま世界記録を樹立して活躍したロシアのポポフ選手の泳ぎを、『カヤック泳法』と言っていたので、ほぼ同じ原理のはずだ。)

 

しかし今、その彼女の泳ぎを見ると、上半身の上下動が激しい分、

『イアン・ソープ選手のような、きれいな泳ぎ』

とは言えないものの、

 

・手をまっすぐ引っ張り(S字じゃない)
・引っ張る時は、お腹がへこみ(この時、伏し浮き姿勢に入っていると思われる)
・フィニッシュは長く強く押し出さずに、腰で抜く

 

といった具合に、水中ストロークはまさに現代のI字ストロークそのものであり、

1988年当時にあれだけ違和感があるように思えた『S字を使わないストローク』も、まったく違和感がない。

 

『彼女は、世間よりも20年も先取りしたテクニックを使っていたから、彼女の世界記録が20年間も破れなかったんだ』

と、20年も遅れて理解した今、彼女の泳ぎを『真似しちゃいけない汚い泳ぎ』と当時思った事を、あやまります。

 

ごめんなさい m(__)m

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