腰痛 (4) 〜 立ち姿勢 〜 2008.11.01 |
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「まっすぐ立つのなんて、やろうと思えば簡単に出来るさ。ただ、意識してまっすぐ立つと、ちょっと腹筋が疲れるから普段はやらないだけさ」 と思っている腰痛患者は甘い。ぜんぜん甘い。うまい事まっすぐ立てないから腰痛なのだ。 物事は、基礎的な事や単純な事ほど奥が深く、極めるのが難しい。 まっすぐ立つのに、腹筋の特別な筋力は必要ない。筋力の問題ではない。まっすぐ立てるようになれば、それが普通で疲れない。 特別な筋力があるからまっすぐ立てるのではない。「腹筋トレーニングを繰り返せば筋力が付いて、まっすぐ立てるようになる」わけでは、まったく、ぜんぜん、これっぽっちもない。 むしろ、腰周りの筋肉は力を抜いてリラックスしている必要がある。腰痛患者なら、「腰に力を入れれば椎間板が飛び出し、神経を圧迫する激痛イメージ」が頭にすぐ浮かび理解できるであろう。 「足の速い陸上選手は力を抜いて走っているから速い。速く泳げる選手は力を抜いて泳いでいるから速い。」のと同じだ。フォームの問題であって、筋力の問題ではない。 ましてや、アスリートが競うように「何時間まっすぐ立っていられるのか競争」をするわけではないのだから、「普通にまっすぐ立つ」だけなら、普通に生きているだけで付いた腹筋だけで十分まっすぐ立てる。 唯一、腰痛患者がまっすぐ立つのに必要な事と言えば、前章で述べた股関節の柔軟性だ。前章でも述べたように、股関節が硬いと太もも側に腰が引っ張られて、まっすぐ立ちにくい。 しかし、「腰痛持ちは姿勢が悪い。まっすぐ立て」と言われても、本人には曲がって立っている感覚はないのだから、直しようがない。 人間は脳みそで物事を捉えているので、頭さえまっすぐしていれば、「まっすぐ立っているつもり」になれるのだから、難しい。 「まっすぐ立つ」というのはヨガで言えば 「かかとから肛門、頭のてっぺんが一直線上に並ぶように立つ」 事を言う。
図 4-1
「腰が反る、反らない」「お腹を出す、へっこませる」が問題ではない。骨盤を水平に保つ事が重要だ。 骨盤が水平になるように腹筋を使うのだ。慣れれば無意識で使うようになるが、当初は意識して腹筋を使わなければならない。 「使わなければならない」と言っても、腰痛を抱えるような人は、腹筋が自由に使える事はないはずだ。使えないから腰を痛めているのだから。 「まっすぐ立つための腹筋の使い方」を感覚的に表現すると、いろいろある。 「お腹を殴られてウッとなったような時のような腹筋の使い方をして、ミゾオチを押し上げるように」 とか、ヨガなら 「ムーラバンダの要領で、肛門から頭のてっぺんに大地のエネルギーをまっすぐ吸い上げるように」 とかそんな感じだが、私の経験上、「まっすぐ立つ」というのは指導者がいなければ出来ないほどに難しい。少なくとも腰を痛めるような「不器用な腹筋」の持ち主は、「1+1も分からない小学1年生が独学で学力を上げる事は限りなく不可能に近い」のと同様に、指導者が必要だ。せめて、見本となる人が必要だ。 なぜなら、まっすぐ立つには、体の内部の筋肉を使って意図する所に骨盤を持っていくので、鏡に自分の姿を映して外見だけ真似ようとしてもなかなか真似られない。ある一定のレベルに達すれば、自分で鏡を見て立ち姿勢を矯正できるが、腰を痛めるような初心者は自分ひとりで矯正するのは難しい。 私は「椎間板ヘルニアのあの激痛はもうごめんだ」と思い「根本の姿勢からまずは正そう」と思い立ち、「姿勢なら、美を競う競技の選手やコーチに聞くのが良いだろう」と考えて、飛び込みのコーチに立ち姿勢を教えてもらったのだが、非常に苦労した。 「きれいにまっすぐ立つ」と言われれば、「モデル立ち」のような「お尻を突き出す」事を連想してしまい、腰が反りすぎてしまう(図 4-1右端)。 「お尻を引っ込めてまっすぐ」と注意されるので、自分ではまっすぐしたつもりでも「それはお腹が出てるだけ」と注意されてしまう(図 4-1左端)。 図 4-1の右端と左端を行ったり来たりするだけで、なかなかまっすぐに骨盤を置けない。骨盤なんてものを意識して動かした事がなかったので、筋肉をぜんぜんうまく使いこなせやしない。 コーチの手でお腹を押されて、ミゾオチを突き上げるようにされて、やっとまっすぐになるのだが、一度力を抜いて自分で作ろうとすると作れない。 骨盤を動かすための神経が腹筋に生えていないから、骨盤を繊細に動かせないのだ。 自分では「骨盤くらい動かせるよ。ほら。ほら」と思っているが、腰を痛める「不器用な腹筋」しか持っていない人は、前すぎか後ろすぎ(骨盤の前傾か後傾)の両極端でアバウトな動きしか出来ないのだ。 運動神経と同様に、普段骨盤を動かす事をしていない人は、骨盤を動かすために必要な神経が出来てないので、細かく動かせないのだ。 「腹筋を鍛えるのではなく、腹筋を使えるように訓練しなくてはならない」 というのはその部分だ。 ただし、注意して欲しい。神経の生えていない「不器用な腹筋」を無理に長時間動かすと、腰痛持ちは確実に腰を痛める。 スポーツの上達や怪我のリハビリに時間がかかる事からも分かるように、神経が生えるのは非常に時間がかかる。神経の成長速度は、筋肉肥大速度より圧倒的に遅い。 神経が生えていないのに、1日でしつこくいつまでもやっていると、アバウトな動きから腰に負担がかかり、椎間板が飛び出してしまう。 神経は、「一日でたくさんやったから、たくさん伸びる」わけではない。毎日のコツコツした積み上げでしか伸びない。少しずつ動くようになるので、少しずつ動かす訓練をする必要がある。 ここで、「骨盤の水平」に異を唱える人がおそらくいると思う。 「腰骨はきれいにS字に湾曲しているのが良く、そのS字のおかげでクッションになり、上半身の重さが腰椎へ直接かかるのを防いでくれる」 という整形外科でよく言われるような話と「骨盤の水平」は矛盾していると思う事だろう。 私は整形外科のような西洋的視点は目(視覚情報)に頼りすぎていると考えている。「目で見えた通りが正しい。目で見えるものがすべてだ」という思想は間違いだと考えている。 (もちろん、西洋医学も良い所があり、東洋医学は感覚に頼りすぎている。視覚情報と感覚情報をリンクさせる事が大切だと言いたいだけで、私は西洋医学も東洋医学も肯定していて、自分で必要に応じて使い分けている。) 視覚は五感の中のひとつでしかない。体の中で感じる感覚の一部でしかない。 自分の体の動作は、鏡にでも映さない限り外からは見えない。つまり、自分の体は頭の中の「イメージ」と「感覚」で動かしている。視覚で動かしているわけではない。視覚は、イメージと感覚で動かしている動作の補助情報でしかない。 「感覚的にどうなのか?」 と捉える視点が、西洋医学にはまったく欠けている。 確かに、レントゲンで見れば、腰痛のない人の背骨は、きれいなS字湾曲を描いている事だろう。 しかし、それは結果だ。 正しく立った結果、S字になっているのだ。S字にしようとしてS字にしているわけではない。きれいにS字湾曲している腰の持ち主は「まっすぐ」の感覚しかないのだ。S字にしている感覚などまったくないのだ。 「1+1=2」の「結果の2」だけを捉えて議論するのは無意味だ。「10−8も2」であるように、「結果の2」は、かけても、微分、積分しても作り出す事は出来る。「結果の2」を真似ても「1+1」は真似できない。「1+1」なら小学1年生でも真似できるが、微分積分は大学生ですらできない奴はいくらでもいる。 「結果の2を真似るのではなく、足し算の過程を真似る必要がある」のと同様に、結果である「腰のS字湾曲」を真似てもダメだ。腰がS字湾曲になる過程を理解し、過程を真似る必要がある。 姿勢の悪い腰痛持ちの人に「腰骨はS字に湾曲しているのが良い」などとレントゲン的講釈を述べるのは悪影響以外何もない。 「腰のS字カーブ」といわれれば、普通の人は図 4-1のように腰を反って(骨盤を前傾させて)立とうとする。腰痛持ちなら良く分かるだろうが、「腰を反るなど恐ろしくて出来ない」と体が素直に言うはずだ。 きれいにS字湾曲した腰を持っている人は、腰を反っているわけではない。骨盤を水平にしていて、レントゲンで見て結果的にS字に湾曲しているのだ。 人間は、頭でイメージ出来る事しか実現できない。頭のイメージを実現しようとするのが人間だ。 「腰を反るイメージ」を植えつけて、レントゲンを取らないと見えない腰骨のS字カーブを作り出す事は不可能だ。 「結果的に腰に負担のかからない姿勢」を作り出す「感覚」や「イメージ」を教える事が、腰痛患者には必要なのだ。 レントゲン的S字カーブ講釈は医者同士の腰痛研究で話せばよい議題だ。腰痛患者にとっては優先度の低い議題であり、必要な情報は、実際の「イメージ」と「感覚」だ。 もちろん、レントゲン的S字湾曲の説明をする事自体は悪くはないが、「レントゲン的S字湾曲の話だけ」で終わってしまうのなら、しない方が良い。「イメージ」と「感覚」が抜けてしまった話では悪影響しかない。 ただ、医者はイメージや感覚を深く追求する責任も時間もないのは当然だ。だから、患者側の私の経験をここに示している。 その情報を元に自分で模索するのが「攻めの治療」なのだ。医者におんぶにだっこなんていう「守りの治療」だけでなんとかしようなどというのは甘い。自分の体には自分で責任を持つ。 また、アスリートで高い能力を発揮する黒人の方のすばらしい腰を引き合いに出して、骨盤の云々を述べるのも間違いだ。 西洋人は狩猟民族のため、動物を取るために走ったり、槍を投げたりといった事に必要な背中側が発達していて、お尻も自然に出ている骨格を持っている。 しかし、日本人のような農耕民族は、走ったり、槍を投げる事よりもクワを持って畑を耕す動作に適した骨格になっており、背中側はあまり発達していない。つまり、骨格的にお尻は出ておらず、西洋人と比べると平均的に、腰とお尻がノペーっとしている。 典型的な東洋人体型の人に、黒人のすばらしい腰のS字カーブを強制するのは無理だ。生れながらにして骨格が違っている部分は、合わせようがない。 日本人の腰を議論するのなら、日本人の骨格を元に議論しなくてはなんの意味もない。 ちなみに、私は1997年頃にすっぱだかで鏡の前に立った時に「俺の腰とお尻はまっすぐ、まったいらだなぁ。お尻がプリっと出ていないのはかっこ悪いなぁ」と思った記憶がある。お尻を突き出してみたり、腰を反ってみたりするけど「ぜんぜん違う」と思った記憶がある。 しかし、2008年では、腰が外見上えぐれてお尻が出ている。腰に何の問題も抱えていない人のようにはきれいではないが、明らかに昔と違うカーブが腰にある。骨盤をまっすぐ置くようになったら、腰が外見上反って見える状態になった。 しつこいようだが、体内の力の感覚では腰はまったく反ってはいない。骨盤をまっすぐしたら、体の中心線に向かってお腹側も背中側も勝手にだんだんと、へっこんだだけなのだ。 しかも、腰椎への負荷は感覚的に明らかに軽くなった。大腰筋で支えている感覚がある。 私は自分の経験を信じているが、医者ではないので自分でよく模索し、腰痛体質から一歩抜け出して欲しい。 また、競泳選手は、付し浮き姿勢と同じなので、競泳競技にも役立つので、正しくまっすぐ立つ事は非常に重要だ。
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