重心移動ベクトル化運動理論 (2)

〜 陸上100M走のスタートに見る重心移動 〜

高橋大和
2008.06.01

  

 

まずは、陸上100M走で9.74の世界記録を持つアサファ・パウエル選手と9.84の自己記録を持つタイソン・ゲイ選手とのスタートの比較写真を見て欲しい。

 

1. スタートの蹴り出し
2. 一歩目の着地
3. 二歩目の着地

の写真である。腰の動きが分かりやすいようにに赤線を入れてある。

(ゲイ選手はスターティングブロックを使用していないため、不利な条件での比較になっているが、足の蹴り出す方向の根本的な違いが見て取れる)

 

 

決定的な違いは、写真左の

パウエル選手のスタートは、一歩目からすでに腰の位置が高く、一定の高さで、まっすぐ前に押し出されていく

事だ。

 

これは、エクスプローシブスタート(Exprosive Start)といわれるパウエル選手独特のスタート法だ。

大腰筋を非常に使う、深腹筋の筋力の発達した選手にしか出来ない高度なスタート法といわれている。

 

一方、写真右の

ゲイ選手のスタートは、低い位置から左右の足を「ハ」の字に蹴り出し、膝から先を振り子のよう振りながら、立ち上がっていく

スタート法だ。

 

写真では見づらいが、足を「ハ」の字に蹴り出していくため、骨盤が左右に上下しながらスタートしていっている(青色で補助線を入れた)。

これは、ベン・ジョンソン選手などが使ったロケットスタートか、それに近いスタート法であると思われる。

(ロケットスタートは、「暁の超特急」と呼ばれ日本人で唯一100M走で世界記録保持者となった吉岡隆徳さんがコーチと共に開発した。コーチが大切にしていた腕時計などを、スタート時の足の着地点に置かれ、「踏むなよ」と言われて練習したといった開発秘話がある)

 

パウエル選手が、腰の上下動もなく、まっすぐ前に押し出す要領で前に進んでいく理論は、私が競泳のスタートで主張する弾道スタート理論とまったく同じものだ。

 

競泳のスタートで私が主張する弾道スタート理論は、

「腰(重心)をまっすぐ前に放り出して飛び出す事が、一番合理的で、一番速い」

というものだ。

 

私の理論の根本は、「重心移動の効率」から考えたものなので、陸上のスタートでも、水泳のスタートでも同じ事なのだ。

私は、「運動動作の根底にある理論」を唱えているのだ。

 

ゲイ選手の場合、足の「振り出し」「蹴り出し」が「ハ」の字状に行われるので、蹴り出しの力が重心にまっすぐ伝わらず(重心を斜め方向から足で押している)、パウエル選手より不利な蹴り出し方法となっている。

 

また、動画で見ると良く分かるのだが、ゲイ選手は「ハ」の字状に足を蹴り出すため、足の着地から蹴り出しまでの動作において、膝に屈伸動作が入ってしまい、地面からの反発力」が膝に吸収されてしまって、こちらでもエネルギーロスを起こしている。

 

ゲイ選手のスタートでは、「ハ」の字状に蹴り出していくという1つの動作から

1. 前に進む重心に対して、斜めから力が伝わっている
2. 「地面からの反発力」を膝で吸収してしまっている

という2つの点で、パウエル選手より不利な状況となってしまっている。

 

次項では、重心移動ベクトル化理論の理屈について詳しく述べる。