ひと掻き ひと蹴り (12)

〜 浮き上がりの1ストローク目 〜

2010.07.30

  

 

■ 「理論」的な理想の浮上方法

泳いでいる時の泳速』以下に失速してしまう前に浮上し、1ストローク目を開始して再加速しなければならない。

泳速以下に失速してから再加速するのでは、体がその場に留まろうとして、効率的に再加速できないからだ(慣性の法則)。

 

浮き上がりの1ストローク目は、2ストローク目とできるだけ同じ姿勢で掻き始めるのが良いが(ソフトな角度で浮上してくるのが良いが)、

他の種目のようにドルフィンキックで加速したりせずに、『ひと蹴り』の惰性だけで浮上してくる分、どうしても若干の角度がついてしまい、完全なフラット姿勢で1ストローク目を開始するわけにはいかない。

(2ストローク目と同じ姿勢で、1ストローク目を開始するわけにはいかない)

 

もし、完全なフラット姿勢になるまで下半身が浮いてくるのをじっと待ってしまうと、

キックの勢いが失いかっている所に、水面でじっとしているだけでは、波が立つ時間だけが長くなって失速してしまい、

1ストローク目に繋げていくだけの泳速を得られなくなってしまう。

『推進エネルギー』が、『波を造るエネルギー』に変換されて、『ロスしたエネルギー』が『造波抵抗』という事)

 

 

 

かといって、急浮上しながら1ストローク目を開始してしまうと、前には進まず、上半身が水面上に大きく出てしまって失速し、かつ、急浮上した反動で呼吸後は水面下に深く潜ってしまって、上下動の激しい泳ぎになってリズムを崩してしまう。

長水路の50Mレースであれば、浮き上がった瞬間の1ストローク目で崩したリズムを立て直す余裕はどこにもなく、おかしい泳ぎのままゴールする事になってしまう。

 

『角度のついた姿勢で、かつ、できるだけフラットな姿勢』

という相反する姿勢を両立させて、1ストローク目に入っていくコツは、やはり、『水流を感じて、水流に乗っていく事』だ。

 

 

■ 「感覚」から捉えた浮上方法

水流の感覚を注意深く観察すると、浮上動作時の水面付近には、2本の水流がある。

 

一本は、これまで浮上して来たラインに沿って流れていた水流で、『胸の前』を流れている。

ひと掻きひと蹴りの、手のリカバリーに利用した水流だ(第11章)。

 

もう一本は、『後頭部から背中側』に抜ける水流で、水面に対して水平に流れている。

この水流は、泳ぐ時に重心を乗せるものだ(伏し浮き姿勢で重心を浮かし、『浮いた重心』が乗る水流)。

 

つまり、重心を乗せる水流を、

『浮上ラインに流れる水流(胸側)』から、『泳ぐラインの水流(背中側)』へ

と、1ストローク目でスムーズに乗り換えていく必要がある。

 

 

『ひと掻きひと蹴り』のキックを打ち出す時(手のリカバリーの後半)、両手の平で、『水平に流れる水流』をそっと掴む(丸太を掴むようにして、両手で水流を包み込む)。

これが、ミソだ!

※※ 備考 ※※
この時、親指が上で、小指が下だ。

肩甲骨の使い方が昔とは逆で、手を伸ばす時、肩甲骨を寄せずに、肩甲骨を開く。

この肩甲骨の動きは、『伏し浮き姿勢』と関係(連動)していて、伏し浮き姿勢の時に感じる『重心が浮いている感覚』を元にすれば自然と作れる。

逆に言えば、伏し浮き姿勢を作れない人が、見かけ上、肩甲骨を開いても、何の効果も感じない。
※※※※※※※※

 

キックの蹴り出しとともに、徐々に『手の平から肘』までが『水平水流』を掴まえていき、1ストローク目をフラットな姿勢に導く。

肘から先で掴んでいる水流に導かれるようにして、『浮いて軽くなっている重心(伏し浮き姿勢で軽くなっている重心)』が、フラットな水流に導かれていく。

 

北島康介選手のこの動作は、それを意味しているはずだ。

 

2008年北京五輪 200M平泳ぎ決勝

 

自分が出来るようになると良く分かるのだが、『微妙な手の指の動き』も水流を感じている時の動きだ。

 

昔の手の指は、『人差し指』と『中指』がくっついていて、薬指と小指は離れていた。

現在は、『小指』と『薬指』がくっついていて、『中指』『人差し指』が離れている。

 

この違いは、『伏し浮き姿勢』や、そこから来る『肩甲骨の開き』と関連(連動)していているのだが、手を前に出していく時にも、『人差し指』と『中指』が水流を気持ち良く感じているため、『人差し指』と『中指』が、クニョクニョと微妙に動く。

(指の間に水流が抜けていく感覚が気持ち良い。この気持ち良さは、走行中の車の窓から手を出すと、空気が手の平にフワフワと触って気持ち良いのとよく似た感覚で、水流の丸太のふちを、なでるように指で感じで、それが気持ち良い)

 

北島君の動いている指も水流を感じていて、水流を捉え、利用して、重心を運んでいるはずだ。

 

 

■ 手先を使うのは特別

普通に泳いでいる時に、『手先/足先』、『肘から先/膝から下』といった『体の先端部分』で水を捉えようとすると動作がギクシャクし、泳ぎが荒くなってしまって、良くない。

手先、足先は神経が良く通っているので意識して動かしやすく、つい、そこに頼ってしまうが、自分の手先/足先をうまくコントロールできても、体全体の動作は逆にコントロールできなくなる。

 

力の出力は、重心から体の先端部分に向けて徐々に弱まっていく。

例えば、『ふくらはぎ』よりも『太もも』、『手首』よりも『腕』、それらよりも『胴体』の方が、大きな力を出せ、重心に近い所ほど出力が大きい。

というより、おそらく、力は重心(丹田)から出力されている。(これは、自論)

 

『力を入れる事』と『リラックス状態』という『相反する状態』を、うまく成立させて速く泳ぐためには、『上は、重心から肘まで』『下は、重心から膝まで』に繋がっている『力のスジ』を使って泳ぎ、

力や意識は、肘と膝までしかなく、『肘から先』や『膝から下』は、肘や膝の動きに自然に追随させるだけでよい。

 

しかし、ひと掻きひと蹴り後の1ストローク目だけは、重心よりも先に手先の方が、

『泳ぎのライン(水面に対して水平に流れる水流ライン)』

へ入る事から、『泳ぎのライン』を手の平で掴んで、重心を乗せていく方が(引っ張り込んでいく方が)、『ひと掻きひと蹴り』から『泳ぎ』までの流れを崩さず、スムーズに運べる。

 

ただし、1ストローク目に手先を利用して浮上して来るからといって、2ストローク目以降に、その感覚を引きずってはいけない。

1ストローク目から2ストローク目に入るまでに、意識(感覚)を『手先から重心』へと移す必要がある。

 

 

■ 「自分の感覚」から「自分のイメージ」を作る

『感覚』を、私の『言葉』で説明して来たが、これらは理屈ではない。

水流を感じ、水流に逆らわずに自然に体が反応して動作する、気持ちの良い『感覚』だ。

 

言葉っ尻を捉えて、ごちゃごちゃと屁理屈を言うのではなく、自分の体とよく向き合って、感覚を確かめながら、動作する事が大切だ。

ここに説明した『私の感覚』は、その助けとなるだけで、私の文章に頼ればうまく出来るわけではない。

※※ 備考 ※※
例えば、映像を外側から見た研究者視点で捉えれば、『水流』は流れているのではなく、水の方が止まっていて、自分の体の方が動いている。

『私の言葉の水流』は、『自分の体内から捉えた水の感覚(選手視点の感覚)』を表現したもので、研究者視点の水流ではない。
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成功も失敗も、環境ではなく、すべて、自分が決めている事を、正しく認識する必要がある。

自分の周囲の環境も含めて、自分のすべてに責任を持つ事が、成功への第一歩だ。