平泳ぎ (14)

〜 プル 3 〜

高橋大和
2008.10.15
一部加筆/修正 : 2009.12.10

  

 

図 14-1 のびてー

 

図 14-2 かいてー、引っ張る

 

図 14-3 肘をグルンと内転

 

ふざけている訳ではない。確かに私は江頭2:50を偉いと思っている。

「決して質が良いとは言えない素質を持って生まれたにもかかわらず、自分に与えられた能力の良し悪し高低を嘆く多くの凡人達の中に埋もれる事なくその素質を受け入れて、自分の能力をいっぱいいっぱいまで利用して生きているのは立派な事で、俺にはマネが出来ないし、どんな道でも突詰めた人は深い」

と私が思っているから写真を使っている訳ではない。

これが、平泳ぎプル動作のイメージなのだ。

「手を横に開いて閉じる」イメージとこの写真のイメージを腕の使い方を合わせると、現代の平泳ぎプルに近い動作が作りやすくなる。

 

「肩甲骨を開いたストリームライン」

は、「肩甲骨を寄せていた1980年代の選手」にはどうもうまく作れない。

伏し浮きは出来ても、実際の泳ぎの動作が始まると、「肩甲骨を開いた泳ぎ」というのがうまく出来ない。

これは、頭の中でイメージが作れていないからだ。

 

そのプルのリカバリー姿勢からストリームライン姿勢までのイメージが、図 14-1の江頭2:50の「手首」「肘」「肩」なのだ

 

図 14-4 (2008北京五輪 200M準決勝 北島康介)

 

リカバリー動作中の「肩」「肘」「手首」の力の入れ具合(使い方)が、図 14-1の江頭2:50の手とそっくりなのが分かるだろうか?

写真では、微妙に分かりにくいだろうが、自分で江頭2:50の手を大げさにマネて泳いで見ると、北島選手風のリカバリー動作に近づくと思う。

 

ついでに、腹筋の使い方も江頭2:50と同じだ。

腹筋をミゾオチに押し込んで、ゲロを吐くようなその力で腕(肘)を前に出す。

それがまさしく、リカバリー姿勢だ。

 

そのまま上体を、やや後方に沈み込ませながら、肘を伸ばしていったのがストリームライン姿勢であり、自然に親指が上で小指が下になるはずだ。

まずは、陸上で注意深く行ってみると良いが、北島康介選手の動作に良く似たリカバリーとストリームラインが作れるはずだ。

 

「肩甲骨を開く」と言うとイマイチ、イメージが分からない。

「肩甲骨を開いて泳ぐ」となるともっと分からなくなる。

だが、学校で整列をする時に「前に習え!」とやっていたのを思い出して欲しい。

それだ。

 

立った姿勢から、肘や肩の力を抜いて少しいい加減にやった「前に習え!」をして、上体を前方に倒していくのが、水中のプルのリカバリー動作に近い。

江頭2:50の写真の手首、肘、肩の使い方(力の入れ方)が、まさしくプルのリカバリー、ストリームライン姿勢とおなじだのだ。

 

死語となりつつある「ハイエルボー」では、「肩甲骨を寄せて腕を内転させ、肘を上に向けた状態で、肘から先を下に折る」という非常に無理のあるネジレた筋肉の使い方をする

1980年代に、この腕の使い方に疑問をもった人はいなかったため、「ハイエルボー神話」からなかなか脱却できない人も多いだろうが、北島康介選手の肘は、ストリームライン中も、引っ張る動作中も、リカバリー中も、「上」ではなく「横」を向いている(図 13-2や自分の持っているビデオ映像でよく確認して欲しい)。

 

2008年の泳ぎが向かっている方向は、「自然な動作」の方向だ。

動作に「ネジレ」が入ったりするのは悪いとされる(揚力推進から抗力推進へと変わった)。

 

平泳ぎだけでなく、自由形のS字ストロークもそうだ。

ネジらず、まっすぐかくI字ストローク(ストレートストローク)が主流だ。

出来るだけ体の自然な動作を意識し、その自然体から力を出力させる。

自然な動作からの方が大きな力が出せるという事だけでなく、無理のない動作には、当然、疲労も少ないし、怪我も少ないという面もあるだろう。

 

「ハイエルボー」を行うためのストリームラインでは、腕の内転により腕のスジが引き伸ばされ肘がロックされるが、肩甲骨を開いたストリームラインでは肘に余裕が出来て、少し曲がっている。肘はロックされず、結果的に肩もロックされない

 

図 14-5 (2008年北京五輪 200M準決勝 北島康介)

 

関節のその遊びのおかげで滑らかな動作も出来るし、大きな力を出す事も出来る。

野球のピッチャーが肘を伸ばしきって腕を振ったら、ボールをうまく投げられないのと同じだ。関節には適度な遊びが必要なのだ。

 

間違ってはいけない。「写真の肘が曲がっているから、肘を曲げる」のではない。

「無駄な力を抜いて自然な動作をした結果、肘が曲がっている」のだ。

 

図 14-5の北島康介選手の写真だけを見て、これが200Mを2分8秒61(ベストプラス1秒)で泳いだ北京五輪の泳ぎに見えるだろうか?

準決勝で多少楽に泳いでいるとはいえ、これが戦っている泳ぎにみえるだろうか?

もし、「北京五輪 準決勝」という文字がなかったら、アップをしている時の写真と見間違うほどに、力を感じないはずだ。

推進力を生まないストリームライン姿勢に無駄なロックや無駄な力は悪影響以外の何者でもないのだ。

「原因」と「結果」をあべこべに捉えてはいけない。自然に伸びる事が、大切なのだ。

 

第11章でも述べたように、肘から先は、腕の動作に自然と追随するだけで良いのである。

※※ 備考 ※※
北島康介選手のレース映像では、肘の曲げも小さいのだが、それはレースで動作に勢いがあるためで、勢いで自然に肘が伸びているからである。

北島康介選手のアップ時の映像などでは、非常に肘が曲がっている。つまり、本人の頭の中のイメージでは肘から先の力は脱力している事になる。

脱力状態に勢いが加わった分だけ伸びているだけの事である。

もちろん肩甲骨を開いた動作の場合でも、「前に習え!」の両手のひらを合わせてみるとわかるように、無理をすれば肘を伸ばしきる事も出来るが、上腕から肩周りに非常に無理な力がかり、実際にはおかしな姿勢になって泳げないので、少し肘を曲げて(自然な姿勢で)肩に無理な力がかからないようにするしかない。
※※※※※※※

 

ストリームライン姿勢で伸びを取ったら、次は手を横に開きながら、アゴの前まで肘を引っ張る。

その「(ハイエルボーを使わない)引っ張り方」が図14-2に示したボディビルダーが採った姿勢だ

前腕屈筋を誇示する手首の返しがポイントだ。

手首を返す「力」がポイントなのではなく、手を伸ばして手首を返した時の「腕や大胸筋の使い方」がポイントだ。

水を引っ掛ける感じだ。

 

この筋肉の使い方が泳ぐ姿勢を作り、その結果、肩甲骨が動くようになって広背筋を利用してかく事が出来る。

(図 14-6の広背筋を見てくれ。ひとつ上の図 14-5の肩甲骨の開き具合と比べてくれ。まるで天使の羽でも生えて来たかのように、肩甲骨を開いているのが良く分かる。まさしく、水中を飛んでいる)

 

図 14-6 (2008年北京五輪 200M準決勝 北島康介)

 

図 14-6の写真では少し見ずらいが、図 14-2と良く見比べて欲しい。

図 4-2に示した2001年福岡世界水泳や図 12-3の2008年北京五輪100M決勝の北島選手写真でも手を引く姿勢が良く分かる。

 

また、この時も腹筋の使い方が江頭2:50の姿勢と同様に効果的だ。このボディビルダーの姿勢もまた、平泳ぎのプル動作と非常によく一致した筋肉の使い方だ。

 

前章で述べたように、プル動作に推進力を求める必要はない。

「アゴの前まで引っ張る」というのは実際にやってみると分かるが、腕を伸ばした時の「肘の位置からアゴまで」はほとんど距離がない

つまり、普通の選手が、2008年の北島康介選手のように、プル動作から推進力を得ようとする必要はない。

手を横に開いて閉じるだけで良く、引っ張って推進力を得る動作は、普通の選手には必要な。

必要はないが、北島康介選手は、この手首で水を捉えて、そのまま肘をアゴの前まで引っ張る事で推進力を得ている。

泳ぎのテクニックが限界付近まで高まり、プル動作から推進力を得なくては勝てないようなレベルに達してきたのなら、この北島選手の方法を使えば、プル動作から推進力を得られる。

 

肘、手首は水面にある。ハイエルボーのように肘が水面で、手首が水面下ではない。

水面を水平に引っ張る事で、体をフラットに保つ効果もあるものと思われる。

ボディビルダーの姿勢で肘をアゴの前まで引っ張ったら、プルから推進力を得る動作は2008年の北島康介選手ですらない。

単に肘をグルッと内転させれば良い。

図 14-1江頭2:50に戻るわけだ。

 

このグルンという内転動作の感覚は、水面から肘が離れないように回す

プル動作全般で常に、肘や手首が水面にある。

肘から先の部分の感覚では、水面で開閉している感覚であり、腕(肩)の感覚としては、グルグル回す感覚だ。

 

図 14-7

 

プルでハイエルボーを使わなくなり、代わりに肘で引っ張る動作を行うように変化した事は、単に「掻き方を変更しただけの事」ではない。

何度も言うが、「泳ぎの戦略が変わった」事を意味している。

次項では、旧型ハイエルボープルと新型プルの動作戦略について考察する。