スプーン泳法 (11)

〜 平泳ぎの泳ぎ方 〜

高橋 大和
2011.03.20

 

このページは、まだ、実証テスト中です (2011.03)

 

■ 呼吸動作を前後運動で吸収する戦略

両手を左右同時に動かす平泳ぎとバタフライでは、頭を水上に上げて呼吸をする必要があり、自由形よりも大きな上下運動が、どうしても発生してしまう。

 

特に平泳ぎの場合、手を水上に完全に出してしまう事は泳法違反であるため、

バタフライのような『呼吸を制限する事で、呼吸による上下動を押さえる戦略』が使えない。

 

しかし、この場合でも、前章で述べた、後背筋と腹筋の『背骨を挟んだスライド動作』を使う事で、呼吸動作による上下動

     【1】  巻き込み式の前方スライド動作
     【2】  「力」の後方バック
     【3】  「膝」の蹴り出し

という前後運動で吸収する事が出来る。

 

クロススライド式 呼吸

 

 

【1】 巻き込み式 前方スライド動作

 

後背筋で『天使のコブ付近の背骨』を押すと、

腹筋がミゾオチに巻き込まれ、その動作に引きずられて、

下半身全体が、前方にスライドする。

(トップスピードに入ると、後背筋で軽く押すだけで、薄く浅くスライドする)

 

そのため(下半身がまっすぐ引っ張られるため)、動作に『膝を曲げ始める必然性』が生じず

結果的に、旧式のモーターボート泳法の平泳ぎと比べて、足の引き付けタイミング(膝曲げタイミング)が遅れるため、まっすぐ流れる水流に太ももがぶつかる事はなく

スライド加速はしても、失速する事はない。

※ 注 ※
引き付けタイミングを無理やり遅らせても、逆に泳ぎがぎこちなくなって失速するだけ。

腰(お尻の上、こぶし縦一個分)の力が抜けている状態で動作する事で、結果的に、膝曲げタイミングが遅れる事が重要だ。
※※※※※

 

 

このスライド動作は、『寝ているタマゴ(胸)の回転動作』に、周囲のパーツが巻き込まれる動作であるため、

『手を掻いている』わけではなく、

『タマゴが起き上がったせいで、肩の位置が水上にズレた事に引っ張られて、肘が自然に曲がっただけ』で、

『肘から先や、指先』に力を入れる必要性が生じない。

 

そのため、肘の向きは(水平の上腕が外向きに)変われど、肘の深さは変わらず、浅い。

(逆に言えば、肘の深さを変えないような意識でストロークする感じ)

 

 

この時、『背中側に意識を置いて捉えた腰(お尻)の感覚』では、『後背筋で背骨を押して起き上がっているせい』もあって、巻き込み動作に引きずられて『腰(お尻)が下がる感覚』があるが、

観客視点で外側から見るだけでは、腰が下がっていくようには見えないはずで、『腰が下がる感覚(天使のコブの位置でV字に折れる感覚)』は、『背中側の体内だけで感じる感覚』で、実際に目で見る事はできないはずだ。

(上図は、『胸の厚み内で起きるわずかな動き』を大げさに描いてある)

 

逆に、『おなか側に意識を置いて捉えた腰(股間)の感覚』では、腰(股間)や膝がまっすぐ前に引っ張られる感覚がある。

 

従って、『呼吸をしている』とか、『手を掻いている』といった感覚なく、(ウェイブ泳法のような)『上半身が宙に浮き上がるような感覚』ない。

 

『ミゾオチの深さはじっとしたまま、後背筋で背骨を押された反動で、タマゴ型の胸がクッと押し込まれて回転し、胸がちょっと起き上がるから、ついでに浅い呼吸をしている』感覚でスライドしているに過ぎない。

 

 

この『スライド現象』は、左右の指を上下に絡ませて手を組み、

一方の指を内側に押し込むだけで、反対の腕全体がいっしょにスライドして巻き込まれる原理』とイメージが非常に近い。

 

 

【2】 力の後方バック収縮

 

肘とミゾオチの間にある『急勾配のアーチ』が、『肘を支点』にして後方に押し広がるようにして、『力』が後方にバックしながら伝わる。

 

ミゾオチの位置にある『巻かれたゼンマイ』がほどけるようにして、(ミゾオチの逆回転で)腰も後ろへバックし、体幹が『肘と膝の間で縮こまる』ような要領で、

『膝を前に引き付ける』のではなく、『お尻がバックするだけで、膝が勝手に(自然に)曲がっちゃった』

『ついでに、肘も伸びちゃった(後ろに押し伸びただけであり、手を前にリカバリーしたわけではない)』

わけだ。

 

この時、膝の位置が、前に移動しない。

 

『肘を支点にして、膝の位置に押し下がる』わけだが、これは、

『胸の厚み内で、結果的に膝を曲げられる』

という、非常に重要な意味がある。

 

この動作タイミングでは、

手を掻いて加速しているわけでもなく、キックを蹴り出して加速しているわけでもなく

『単に繋ぎの動作で時間を費やし、減速している最中の動作』であり、平泳ぎで一番大きく失速する時間帯なだけに、

 

キックに必要な膝の曲げを作り出す事が出来るにもかかわらず、胸の厚み内で動作できる。膝や太ももで水流を乱す失速が起きない

 

という事は、非常に大きな利点になる。

 

 

【3】 膝の蹴り出し

 

呼吸から戻ってきたお尻の勢いを、太ももの前面の筋肉を使って、そのまま素直に『かかと』で一気に押し出す。

旧式の平泳ぎのように、キックの後半で加速しようとして足を挟んだり、膝先で水をかき回して、わざわざ水流を乱す必要性は、まったくない。

 

『かかと』で壁を押して伸び上がる要領で、まっすぐ後ろに押すだけで十分だ。

北島君も2003年の段階ですでに、そう言ってる。

 

 

 ニュートラル ポジション

ニュートラル ポジションは、ストリームライン姿勢(上図の1)ではない!

 

『筋肉のニュートラルポジション』は、『肘』や『膝』の関節が自然に緩んだ位置であって、『キックを押し出そうとバックしている3番の図』がニュートラルポジションだ。

 

ニュートラル ポジション

※ 備 ※
自衛隊に入隊し、『前にならえ!』を、ずーーっとやらされている事をイメージする。

前に伸ばし続けていた腕が疲れ、肘が曲がってきた所を上官に見つかり、お腹を殴られそうになって、『うっ! と、お腹を引っ込めて逃げた時の姿勢』が、ニュートラルポジションのイメージとして近い。

ミゾオチを押し込みつつ、肘/膝関節が軽く緩み肩甲骨が開いている所が、特に似ている。

関節の力さえ抜けていれば、江頭2:50の姿勢にも似ている。
※※※※※

 

 

このニュートラルポジションを通る瞬間、体の中(肘から膝までの間)の力のバランスが均等(水平)にとれて、加速も減速もしていない軽い状態(一瞬、フワっという無重力のような状態)になる。

 

ストリームライン姿勢は、『筋肉が一番緩んだニュートラルな位置』を通り過ぎているため、ミゾオチに引き戻されるような弱い力がかかっていて、『肘から先』『膝から下』は力が抜け、自然に肘/膝関節が緩んで、軽く曲がっている。

 

 

ストリームライン姿勢で、筋肉をん〜〜〜っと伸びきらせてはいけない。

肘/膝関節がロックされてしまい、体がエビ反ってしまう。

 

 

『ストリームライン姿勢は、ニュートラル姿勢ではない』

と私が感じ、主張しているのは、私が二流選手だからではない。

 

2003年にテレビ放送された番組『ナンダ』の中で、北島康介選手が平泳ぎの泳ぎ方を素人に説明する時、言葉の前後を迷う事なく、

 

蹴って、掻く。蹴って、掻く。』

・・・・(しばらく考えてから)・・・・

まぁ、掻いて、蹴っても同じですけど』

 

としゃべった理由も、おそらくここにあって、

『ニュートラルな姿勢から、力をどう出して、泳ぐか?』という感覚平泳ぎの動作イメージを作れば、

 

【1】 ニュートラルポジションから蹴って、

【2】 その反作用で手が伸びてから、

【3】 ニュートラルポジションに引き戻される力に沿ってプル動作が来る。

 

 

『ストリームライン姿勢がニュートラルな姿勢だ』と感じて泳いでいる人にとっては、

掻いて、蹴って。掻いて、蹴って』でしか泳ぎをイメージできないし、

『感覚を説明するのではなく、外見を解説するには便利』だから、まぁ、間違いではない。

 

『感覚から捉えた動き』と、『目で見た外見の動き』には若干のズレがあるが、泳いでいる最中に自分の泳ぎを見る事が出来ない選手自身にとっては、感覚のイメージは重要だ。

 

※ 備 ※
これらの動作は、例えば、水中で壁を蹴り出していく時や、バレーボールのブロックやスパイクなどで、ジャンプする時の原理と同じだ。

膝を引き付けるのではなく、しゃがみ込んだ反動でジャンプする所も、

カカトがお尻に付くほど深く屈伸するのではなく、軽くじゃがみ込んだ程度でジャンプする所も、

胸を張るのではなく、ミゾオチを押し込んでジャンプする所も、

膝を開かず、肩幅でジャンプする所も、

ピーンと伸びきった姿勢からではなく、肘/膝を軽く緩ませたニュートラル姿勢から動作を開始してジャンプする所も、

ジャンプして伸び上がると共に、ニュートラル姿勢に引き戻されながら次の動作に入っていく所も、同じ。

 

唯一違うのは、『水は柔らかいから、陸上でジャンプする時みたいに足首にスナップをつけてツマ先で押すと、キックがスッポ抜けてしまうから、カカトで押す』という部分だけだ。

ただ、こうしてイメージとしては簡単に納得できても、実際の動作感覚となると、『陸上の重力』と『水中の浮力』の性質が逆であるため(『沈む』と『浮く』)、

宇宙飛行士が無重力空間の作業訓練をわざわざ行っているのと同様に、後方バック式キックを体得するまでには、それなりの時間が必要になる。
※※※※※

 

 

■ 水流を乱さないスプーン泳法

この20年で200Mの日本記録が10秒も縮み、20年前の日本記録では、今や日本選手権にすら出られないほどの底上げが起きた原因は、『心理的な差』よりも『テクニックによる差』の影響の方が、圧倒的に大きい。

※ 備 ※
1988年ソウル五輪200M平の予選で高橋繁浩さんが記録した 2.17.69 が当時の日本記録。2010年の日本選手権標準タイムが 2.17.19

少子化で潰れるスイミングが増えてしまうほど、選手人口が減っているにも関わらず、記録は逆に、これほど伸びた。
※※※※※

 

新旧泳法のテクニック差は、真逆と言えるほどの差が、ありとあらゆる所にあって一言で言えるものではないが、『結果的に、スピードアップに最も影響があったテクニック差』は、『泳ぎの厚み』だ。

新泳法は泳いでいて、非常に薄く、浅い位置で泳いでいる感覚がある。

(モーターボート泳法のように『水上』を泳ごうとするのではなく、水中の浅い水深で薄く泳ぐ感じ)

 

 

20年前は、『水中抵抗よりも空気抵抗の方が圧倒的に小さい』という狭い視点から、水上に体を大きく出す戦略を採ったため、結果的に下半身が下がって水中抵抗が大きかった。(もちろん、上下動も大きかった)

 

20年前の泳ぎでは、腰周りに力が入った状態で泳いでいたため、

呼吸動作で(と同時に、足の引き付け動作で)起き上がった背中が、『テコの作用』で骨盤を押し下げてしまい、キック動作が胸の厚みよりも深い所で行われ、

水流を押しのけて引きつけた足のせいで、太ももや骨盤に水が強く引っかかる感覚があったが、

 

新泳法では、腰の力が抜けているため、

呼吸動作で背中が骨盤を押し下げる事はなく、ミゾオチを支点とした前後運動に変換する事が可能になって、キック動作が『胸の厚み内』で行われ、

水流に逆らわずに後方へ流される事で足を屈曲させているおかげで、水が引っかかる感覚はほとんどなく、水面を滑るような感覚が生まれる。

 

新泳法(スプーン泳法平泳ぎ)には、もはや、『足を引き付けるという感覚はない』に等しい。