プールへ行こう! (3)

〜 水中運動のススメ 〜

2010.05.15

  

 

水中運動の最大の利点は、水の抵抗と浮力のおかげで、ほど良い負荷に自動調整されるところだ。

運動強度が低い場合でも、高い場合でも、レベルに合った、ほど良い負荷に自動調整され、しかも勝手に、体幹まで鍛えられる。

 

 

 強度の高い運動

運動を始める動機が美容やダイエットであれ、あるいは選手になる事であれ、スポーツを始めたばかりの頃は、やる気が高く保たれているせいで、つい運動強度が高くなる。

それまでトレーニングをしていないせいで、まだ体が出来ていないにも関わらず、モチベーションだけは非常に高く、つい、やり過ぎてしまう。

 

これが陸上のスポーツ(例えば、ジョギングやテニス)であれば、衝撃を支えるだけの筋肉が出来ていないせいで、膝や肩といった関節に、直接強い負荷がかかり、関節を痛めやすい。

 

関節の怪我は、筋肉の怪我(例えば、肉離れ)と違い、完治までに非常に時間がかかるだけでなく(関節の怪我は、小さい鈍い痛みが残り、完治に年単位が必要になる事も多い)、怪我がクセになってしまい、ちょっとした事で何度も同じ場所を痛めるようになってしまう。

場合によっては、怪我の後遺症を、小さいながらも一生引きずりかねない。

 

この点、水中では、体がフワフワするおかげで、関節にかかる負荷が小さい。

例えば、水中で走っても、ジャンプしても、関節にかかる負荷は小さく、陸上のそれとは比較にならない。

 

 

しかも、陸上では、地面を使って『足腰をしっかり支える支点』を作れるため、素人でも、激しい、急激な動作を行えてしまう。

例えば、急激に加速して走り出す事も、さっと止まる事も出来てしまうし、コントロールが効かないだけで強いボールを打ち返す事も出来てしまう。

 

この点も、水中動作では、体がフワフワと不安定なため、地面を踏ん張るのとは違い、動作の支点が作り出せず、無理な動作をやろうと思っても、素人であるほど、うまくできない。

水中は擬似無重力状態であるため、無理な動作は力が大きく逃げてしまい、宇宙飛行士のようにクルクル回転してしまうだけで、関節に強い負荷をかけるだけの支点を作り出せない。

 

本来、陸上競技であれ、水泳競技であれ、その競技を長年続けて来た選手は、合理的で、かつ、スムーズな動作をしていて、優れたフォームを身に付けている。

無理のない優れたフォームだからこそ、激しいトレーニングを続けていられる。

 

初心者は、悪いフォームのまま、選手のような高いパフォーマンスを真似ようとして、強い力を入れるが、例えば地面を蹴る場合、地面からの反発力を関節で受け止めて、素早く動作を行えてしまう。

 

一方、初心者の水中動作の場合、水から得られる反発力は小さい上に、例えば速く泳ごうと、手足を激しく動作させても、水からの反発力を体で受け止めて体を前に移動させる事には使えず、クニャクニャとおかしな方向に反発力が逃げてしまって、前に進めない。

 

水中では、陸上のような素早い連続動作は出来ず、ゆっくりとしか動けない事からも、関節への負荷が小さい事は、直感的に分かるだろう。

 

つまり、陸上では、初心者の関節にかかる強い負荷も、水中では、初心者であるほど、関節にうまく負荷をかけられない。

 

これは、『怪我のリスク』という面から見れば、初心者には非常に好都合な事なのだ。

 

例えば、競泳選手でも、関節を痛める事は多いが、それは、練習によって、水を捉える能力が高くなり、『体を前に移動させるための支点』を作り出せるので、関節に強い負荷がかって、それで関節を痛める。

悪いフォームでもそれなりのスピードで前に進めるレベルにまで、水をうまく扱えるようになるには、年単位の時間がかかる。

 

やる気満々で、水中運動をやり過ぎたとしても、陸上運動をやり過ぎるのに比べれば、怪我のリスクは圧倒的に小さい。

 

怪我をしてしまえば、運動もできなくなり、そうなってしまっては何もしなかったのと同等になってしまわけで、怪我のリスクを小さくする事は、単に健康云々の問題だけでなく、プロセスとして(スポーツへのアプローチのかけ方として)、とても重要な事なのだ。

 

スポーツを始める動機が、美容やダイエットであれ、選手になるためであれ、

物事は、『やり続ける事』以上に重要な成功要因は、存在しない。

 

 

■ 強度の低い運動

一方、水泳を始めてすぐに、激しい練習を開始する人は、むしろ少ないはずだ。

そもそも泳ぐ気はなく、歩いたりする程度から始めようと考える人の方が多いはずだ。

 

このような強度の低い運動の場合も、水中は好都合に働く。

いや、むしろ、強度の低い運動こそ、水中運動は好都合だ。

 

強度の高い運動なら、陸上では怪我のリスクは高いものの、水中以上の強い負荷をかける事が可能で、水中運動以上のエネルギーを消費できるが、

強度の低い運動の場合は、『水が体温を奪う事で、陸上より多くのエネルギーを消費する効果』が、相対的に大きく効いて来る分だけ、水中は有利だ。

 

さらに、水中には『水の抵抗』という強度の低い適度な負荷が存在する。

陸上運動では、空気抵抗による負荷で、トレーニングをする事はできないが、水の抵抗は、『強度の低いトレーニングの負荷』として最適だ。

 

つまり、水中は、有酸素的な運動を、安全に、効率良く行うのに向いている。

 

 

例えば、陸上では、重力(重さ)を利用してトレーニングをする。

走るだけでも、ジャンプや着地の大きい負荷で下半身が鍛えられるし、マシーンやバーベルで重りを持ち上げる事で、さらに手足が鍛えられる。

 

これらの負荷は、確かに、水中抵抗よりもずっと強い負荷であるため、エネルギーは激しく消費される。

しかし、同時に過負荷に陥る可能性も高くなる。

※※ 備考 ※※
陸上トレーニングでは一般的な怪我である『太ももの肉離れ』も、激しいトレーニングを課している競泳のトップ選手ですら、水中練習で起こす事は、まずあり得ない。

2007年の世界選手権直前の水中練習中に、北島康介選手が、太ももの肉離れを起こしたという報道があった時、『陸上トレーニング中の間違いだろ』と、耳を疑った。

肉離れを起こすような負荷が、水中練習でかかる事はなく、それだけ、北島康介選手のキックはズバ抜けて、水を強く捉えているんだと、多くの選手は自分のキックレベルとの違いに、やる気を削がれる思いがしたほど、水中での肉離れは非常に稀な事だ。
※※※※※※※※

 

一方、"水中抵抗による負荷"の場合、『水を扱う能力差』に比例して、負荷が大きくなる。

例えば、初心者は水をうまくキャッチできないので、手に大きな負荷をかけたくてもかけられないが、競泳選手は水を多くキャッチする事が出来るので、より強い水の負荷を得る事が出来る。

 

逆に、お年寄りのように、陸上で歩いたり、走ったりするのは困難な場合ですら、水中では浮力による補助で運動をする事も可能であり、水の抵抗によって負荷をかけて、体を強化する事ができる。

場合によっては、身体に障害を抱えている人ですら、訓練さえすれば、水中では陸上以上にスムーズに速く移動できる。

(例えば、競泳選手の私が、椎間板ヘルニアで歩行が困難になった時でも、プールの中では、健康な人よりもぜんぜん速く移動出来た)

 

つまり、水中では、その人の体の状態やレベルに合わせて、負荷が自動調整される。

 

これは、あまり運動をしてこなかったような、体の出来ていない人ほど、好都合だ。

 

例えば、水中運動の場合、

 

『どんなトレーニングを、どの程度するのがちょうど良いのか?』

『どのくらいの重りを持つのが良いのか?』

 

といった事に迷う必要はなく、好きな事を疲れるまでやっていれば、それで良い。

 

水の方が、人間のレベルに合わせてくれる。

 

水中を歩いたら歩いたなりに、泳いだら泳いだなりに、負荷がかる。

しかも、そこには怪我のリスクはほとんどない。

 

 

また、水中の場合、フラフラと不安定なため、体幹を鍛えやすいという利点もある。

 

陸上では、バランスボールの上に乗ったりして、わざわざ不安定な姿勢を作り出さないと、体幹を鍛えられないが、水中は元々が不安定なので、歩くだけで、泳ぐだけで、安全に体幹が鍛えられる。

 

もちろん、競泳選手も、バランスボールを使ったりして陸上で体幹を鍛えるトレーニングをするが、それは、競泳選手の場合、水中ではもう、初心者のようにフラフラしなくなっているからだ。

水中で、スムーズに、まっすぐ、速く、泳ぐ事を競っているのが競泳選手のやっている事であるため、競泳選手にとって水中の世界は、もう、不安定な世界ではないのだ。

 

 

つまり、水中素人であるほど、水中運動には多くのメリットが存在するのだ。