伏し浮き(蹴伸び)技術 (8)

〜 その後 〜

高橋 大和
2010.02.01




 

■ 2010年現在の状況

伏し浮きの成否は、『筋肉の使い方』であり、それはすなわち、『姿 勢の違い(ストリームライン姿勢の違い)』です。

 

 

ビデオ撮影をするために営業前の朝一で撮ったので、体がほぐれていなくて、いまいちの出来なのですが(手が水面上に少し出てしまっているの がいまいち)、7年かけてここまできました。

 

2002年には、足がどんどん沈んでしまって、浮く気配すらないどころか、ダルマ浮き すら出来なかったのが嘘のように、今では、むしろ、

『どうやれば、あんなにメキメキ沈んでいたのか』

を思い出すのも難しくなってきています。

 

水中姿勢もだいぶ良くなり(お腹がへこんでる)、蹴伸びも2002年には10M弱だったものが、2010年現在、最低でも15M、練習後半 の筋肉がほぐれた状態なら、17Mくらい行くようになりました。

 

 

伏し浮きが出来るようになると分かるのですが、泳ぎの感覚がまったく違います。

(もちろん、泳ぎのフォームも、ここ2年くらいかけて、『伏し浮き姿勢を生かせるフォーム』に、改造しています。改造は今現在も続いていま す)

 

以前は、下半身を引きずりながら泳いでいた感じでしたが、現 在は、水面を滑るような感覚があります。

以前の泳ぎは、上半身の重さが腰にかかって下半身が重かったのですが、現在は、手で握 れるくらいの木の棒が、胸の下(後方)にぶら下がっている感じで、下半身の感覚は、以前とはまったく違い軽い感覚で す。

 

この違いは非常に大きく、伏し浮きが出来なかった頃のように、下半身を引きずって泳いでいては速く泳ぐにも限界があり、

『今の日本選手権の標準タイムが、1980年代の五輪代表レベル』

である事にも、非常に納得できます。

 

過去に現役経験のある人に多いのですが、『〜〜じゃないとできない』というのは、単なる言い訳で、

『体幹を鍛えないとできない』とか、『筋肉質だからできない』といった事は、まったく ありません

 

『肥満の人は、沈めない』とか、『脂肪の多い人は浮きやすい』という事はありますが、

『息継ぎが出来ない人でも、伏し浮きが出来るという人も結構いる』事から分かるように、『筋 肉の強さ』ではなく、『筋肉の使い方』の問題です。

 

ブキッチョな私も当初、まったく出来なかったので、言い訳をして諦めたくなる気持ちは非常に良く分かるのですが、必ず出来ます。

出来ない人ほど、出来るようになった時の感動は大きく、苦労して伏し浮きの重要性に気付いたおかげで、『泳ぎのフォームに取り込む努力』が 出来ます。

 

『物事は、根本(本質)に近づくほどシンプルで、シンプル(単純)な事ほど、奥が深 く、味わい深い』

 

諦めずに、チャレンジし続けてください。

必ず、出来ます。

 

 

■ テクニックの変遷

私が伏し浮きの重要性を認知した経緯と、伏し浮きが出来るようになった経緯を、年代順に書きますので、参考にしてください。

 

● 1980年代

競泳界で伏し浮きの重要性など、誰も言っていませんでした。

個人的に言っている人はいたかもしれませんが、雑誌のスイマガや、私の行っていた競泳強豪高校などでも、誰も指摘していませんでした。

 

この時期のストリームラインは、モーターボートイメージ型で、背中を反り、お腹を突き 出すような感じでした。

 

 

● 1996年アトランタ五輪

1996年アトランタ五輪個人メドレー代表の吉見譲くんは、

『腰を反り、お腹を突き出すようなストリームライン』

ではなく、

『背中側は真っ平らで、お腹がエグレ上がったストリームライン』

を使っていました。

 

私は吉見譲くんと、2001年宮城国体の200Mメドレーリレー茨城代表としてチームを組んだ時、彼の水中姿勢を見て、驚きました。

私の知っていたストリームラインとはまったく違っていて、腰が引けるような感じでお腹がエグレ上がっているストリームライン姿勢だったから です。

 

私は高校卒業後10年間、水泳から完全に離れてしまい、同い年の吉見譲くんの存在すらも、この宮城国体でチームを組んだ時まで知らなかった のですが、彼は、インターハイにすら出場できなかった選手であったにも係わらず、その 後、オリンピックに出場していました。

 

『そんな急成長をした彼なのに、なぜこんな変なストリームライン姿勢なのだろう?』

と、私はとても不思議に思いました。むしろ、

『基礎が出来ていないのに・・・なぜ???』

という気分でした。

 

もちろん、それは、私の見識のなさのためで、古ぼけたストリームラインしか知らなかったのは私の方で、彼のストリームラインは、一般の選手 よりも10年くらい進んだストリームラインでした。

 

今となっては、

『他の普通の選手よりも10年も進んだ姿勢を使って泳いだから、インターハイにも出れないようなノーマルな選手が、その後、オリンピックに まで出るような選手に成長したんだ。10年進んだテクニックを使えば、凡人でもオリン ピックには行けると、彼は証明したんだ』

と思っています。

(彼自身も、自分の事を『素質型』ではなく、『諦めずに競技を続けた、努力型』だと言っています。つまり、自分の才能は、凡人だと。)

 

 

● 2002年

第3章でも記述したように、2002年頃に出版された「水の上を走れ」という本の中で、

 

※注
この本自体は、内容のわりには値段が高い気が、私はします。技術的な事よりも、会話のページが多いのが私には不満でした。私が、ここにリンク を張っているのは、買ってもらうためではなく、表紙の絵を見て分かるように、『古い泳ぎの基本姿勢』の固定概念を打ち壊すのに役に立ったとい う部分です。表紙の絵は、冗談ではなく、泳ぎの基本姿勢を示していて、おそらく動作イメージの絵だと思います。2001年に出版された本なの に、2008年北京五輪自由形の水中映像に良く似ていますね(^_^)
※※

 

1980年代後半に100M自由形で日本記録を樹立し活躍した藤原勝教さんが、

『未だに、男子100M自由形の日本記録が50秒を割っていない事に驚いた』

『選手ですらも、伏し浮きが出来ない人がいる』

と言って、日本競泳界で一般的に認知されてきている『泳ぎの基本姿勢』がおかしい事を指摘しているのを知って、

『あぁ!吉見譲くんのストリームライン姿勢は変なのではなく、一般的に知られていて自分たちが使っているストリームライン姿勢の方がおかし いんだ』

と、この時初めて、気付きました。

 

吉見譲くんは、一般選手より10年早く、藤原さんは20年も早く、次世代のテクニックを使って泳いでいたから、そりゃ日本記録が出せて当た り前であり、そんな発想を持てず、『素質が勝敗を決める』と考えて引退した自分が選手として成長できなかったのも当たり前だと理解しました。

 

私は、この時はまだ、伏し浮きどころか、ダルマ浮きすらも出来ませんでした(頭の天辺が水面に浮いて、体育座りした足が水中)。

ダルマ浮きは、数ヶ月で出来るようになりましたが、伏し浮きは、足からドンドン沈んで、浮く気配もありませんでした。

 

※※ 備考 ※※
1976年にジ ム・モンゴメリーが49秒99で、世界で初めて50秒の壁を突破し、

1986年9月に、藤原勝教さんが51秒56の日本記録で泳いでいたにも係わらず、

日本で50秒の壁を最初に突破したのは、世界から遅れる事、なんと29年後

2005年9月に、佐 藤久佳くんが、インカレ初日の400Mリレー第一泳者で49秒73をマークした時だった。

この事からも分かるように、2002年頃は、まだ、新型のストリームラインは一般的ではなかった。

実際、2002年の段階で、国体茨城代表選手にこの本(水の上を走れ)の内容を話すと、みんな驚き(半信半疑)、伏し浮きを試したが、出来 ない人の方が多かった。

ただ、さすがは全国レベルの選手たちなので、1〜2年でみんな出来るようになった。

7年もかかったのは、ブキッチョな私くらいです (^_^.)

2010年の今からすると信じられないかもしれないが、今から僅か数年前まで、旧式のストリームライン姿勢の方を正しいと言う人の方が多 かった。
※※※※※※※※

 

● 2003〜2005年頃

私も当初よりは、浮けるようになりましたが、でも、足はズンズン沈んでいました。

蹴伸びも、手先の位置で、12.5M行ければ、かなり良い方でした。

 

競泳界では、徐々に新しいテクニックが一般化しはじめて、トップ選手の間では、旧式ストリームライン姿勢は使われなくなり記録が急速に伸 び、日本の選手が世界に追いつきました。

 

しかし、一般選手にまでは、なかなか話が降りていませんでした(スイマガのような雑誌にそういった技術的な話が載ってない)。

 

 

● 2007年

私自身も、伏し浮きが出来るようになりました。

足の位置は、まだ少し水中に沈んでいて、成功率が低いのですが、初めてできた時は感動しました。

蹴伸びが、お腹の位置で12.5Mを通過するようになりました。

 

競泳界では、この時点でもまだ、伏し浮きの重要性を否定する意見が半分程度あったように感じました。

 

●2010年

私も伏し浮きが完璧に出来るようになり、急速に泳ぎが良くなり、タイムが再び伸び始めました。

蹴伸びが、最低でも15M、体がほぐれた後なら17Mくらい(手の位置で)、行くようになりました。

 

競泳界で、伏し浮きの重要性を否定する人は見かけなくなりました。

わずかここ2〜3年の間に、新型テクニックが急速に普及しました。

おそらく、2010年の現役選手のほとんどは、生まれて初めて見たストリームラインがすでに新型だった事や、2000年代に活躍した選手た ちがちょうど引退する時期であり、彼らがコーチ業に参加してくるようになったために、一部のトップ選手たちの間だけで常識となっていた情報 が、急速に一般化し始めたためだと思われます。

 

私は2002年から8年弱かかってやっと、伏し浮きが出来るようになりましが、これは相当遅いほうです。

私は非常に不器用で、カナヅチから始めた水泳も、5年目くらいにキックのコツを掴んで全国区に上がるまでは、同級生よりもずっと遅く、運動 音痴気味の選手であるうえに、

私の周りに8年もかかって出来るようになったといったような話も聞かないし、

コツを教えてくれる人もいないし、

そもそも、伏し浮きの重要性を小馬鹿にする人もいて、

『水の上を走れ』の中の『競泳選手ですら、できない人がいる』の一文だけを頼りにやっていたので、

『俺は器用じゃないし、何か体の構造上できないんじゃないか?』

といった思いを持ちながらやってきたために、真剣さが足りなかった所もあって、伏し浮きが出来るようになるまで、こんなに長くかかった面 も、少なからずあります。

 

ほとんどの人は、成功率は別にしてすぐでに出来るようになるか、1〜2年で出来るようになるので、私の『7年』という年月を聞いて諦めない でください。

逆に、『7年もかかるようなブキッチョですら出来るようになる。自分に出来ないはずがない。言い訳はせず、コツコツ地道に、挑戦し続ける』

という方に捉えてください。

 

また、凡人も次世代のテクニックさえ手に入れればトップで戦え、

『実際、かなりの数のオリンピック選手は、素質ではなく、まだほとんど使われていない、一般的には知られていない次世代のテクニックを使っ ているから速い』

という事実に目を向け、凡人にも十分チャンスがある事に勇気を持ってトレーニングに励んでください。

 

インターハイの標準記録すらも切れない凡人、吉見譲くんの業績は、凡人が勇気を持つ事が出来る、大きな業績だったと思います。