平泳ぎ (18) 〜 キック 3 〜 高橋大和 |
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昔から言われている事ではあったが、「平泳ぎのキックは膝を開きすぎてはいけない」。 さすがにこの基本は今も昔も変わっていない。
1980年代と2008年で大きく違うのは、「膝から先を回転させて挟み込んで進む」のか、それとも「まっすぐ押し出す」のかの違いだ。 「挟んだ時に生まれる推進力で間接的に進む」か、「水を押して直接進む」かの違いだ。
各時代ごとの「蹴り出し動作の中盤」と「蹴り出しの終わり」の変遷を下に示す。
図 18-1 (長崎宏子さん) ※※ 図 18-1 ※※ (男子平泳ぎの高橋繁浩さんも強かったですが、水没禁止ルールに苦しんでいました) この写真はレース映像ではないので、いつ頃のものかよく分からない。が、泳ぎにまったくキレがない事からして、引退した1988年ソウル五輪以降のものと思われる。 動画で見ると、「えー、こんなに回転させてたっけ!」と驚くほどグルーンと回しています。 今見ると失礼ながら「素人かよ。リカちゃん人形の足じゃねーんだよ」と思うほど、すっぽ抜けた位置に蹴り出されていますが(下の写真)、この後の挟む力で進んでいたので、この当時はこれは理想のキックでした。 当時は「蹴り出しは水のキャッチ動作」であり、「キャッチした水を挟み込んで推進力を得る」という考え方でした。 実際、長崎さんの武器は、非常にやわらかい膝関節を使って大きく挟み込んだキックでした。 水没禁止時代で、今から25年も前の1983年に200Mを2008年でも十分通用する2分29秒で泳いでいた事から分かるように、決してヘタクソなキックではなく、当時としては非常にすばらしいキックでした。 ちなみにこの記録は1992年バルセロナ五輪で岩崎恭子さんが破り金メダルを獲得しました。 また、顔がすでに浸かっている事からも分かるように、この年代の選手のキックの引き付けタイミングは下の2人とは違って、早い事が分かります。
図 18-2 (2000年シドニー五輪代表選考会 林亨選手) ※※ 図 18-2 ※※ ただし、蹴り出しが終わる位置がだいぶ狭くなっています。 より直線的な蹴り出しに変わっているのが分かります。
図 18-3 (2008年北京五輪 北島選手) ※※ 図 18-3 ※※ 下側の写真の泡を見ると回転ではなく縦に泡が立っている事から多少見て取れるかもしれません。 ただし、この足の指先の動きは、北島選手の膝が180度以上反る事が出来る特殊な膝(反張膝)だから起こる動きです。 こうして「北島選手は反張膝」というと、「いいなぁ」などとすっとぼけた事を言う人がいますが、素質と言うのは常に表裏一体です。 反張膝は日常生活から膝に大きな負担がかかっているので、仮に良いキックが打てるとしても、簡単に膝を故障してしまい、練習自体がまともに積めまない可能性も非常に大きいのです。 良いキックを打てる前に、速い選手に成長する前に、引退せざるを得ないリスクが、非常に高い事を忘れてはいけません。大きなメリットには、同時に大きなデメリットがある事にも目を向ける必要があります。 こうして、上2人と比べると、「押している」といっているイメージがよく掴めます。 さすがに1980年代の長崎さんとは明らかな違いを見て取れると思うが、林亨選手と北島康介選手にも大きな差がある。 キックの「蹴り出し角度」「深さ」だ。
林選手は斜め下に蹴り出しているが、北島選手は水面ギリギリの水平に蹴り出している。 膝やふくらはぎの深さを注意してみれば見て取れるだろう。
林亨選手は、ウェーブ泳法で上半身が水上に大きく起き上がった反動で(プルを押さえつけた反動で)、水面下に腰が落ち込まないように斜め下にキックを蹴り込む必要があるからだ。 (そもそも「斜め下に蹴る」という概念が昔からずっとあった事の方が、理由としては大きいだろう。常識を疑ったり、常識と違う事をするのは非常に難しい)
北島選手の足先が水面下の多少深い位置にあるのは、北島選手の膝が180度以上曲がる反張膝だからだ。 第16章で北島選手自身が「押し上げる」と言っていた事からも分かるように、斜め下に蹴り込んでいるのではない。
しつこいようだが、ベクトル的にまっすぐ後ろへ押すのが一番合理的な力の出し方であり、北島選手は一番理想に近い蹴り出し(押し出し)を行っており、キックもまた時代とともに「まっすぐ前後」という方向に向かっているのだ。 また、数十年という時代のスパンだけでなく、図 16-3に示した2003年の北島選手自身のキックと、上に示した(図 18-3)2008年の北島選手のキックを見比べても、キックがより浅く(真後ろへ)蹴り出されるようになっていった事が見て取れる。 北島選手本人がプルだけでなく、キックもまたフラット化の道を辿っている事も見て取れる。まさしく、世の中はフラクタルだ。
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