弾道スタート理論(7) 高橋 大和 |
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ここでの解説は、スタート台から飛び出す高さについて考察する。 「背の高い選手」及び「蹴り出す力の弱い選手」では飛び出し方に工夫が必要である。 身長2M以上の選手は前足重心クラウチングスタートには向かないことが分かる。
【飛び出しの高さ】 すでに示した、物体の落下を計算式によって求めた図 3-1から、スタート台を蹴り出した瞬間の「水面からの腰の高さ」について重要な示唆が得られる。 図 3-1 45度未満の理想の入水角度というのは、 「前方への勢いが、落下方向への勢いに勝っているうちに行われたもの」 という第4章の解説を思い出して、図 3-1の緑色部分の数字に注目していただきたい。 蹴り出す速度がオリンピック選手並かそれ以上の5.0m/sだったとした場合、落下速度に勝っていられるのは0.5秒後の4.9m/sまでだ。 つまり、理想の45度未満の角度で入水するには、かなりの脚力の選手ですら、スタート台を蹴り出した瞬間の腰の高さが水面から122.5cm以下でなくてはならない事が分かる。 仮に上方に角度をつけて飛び上がるスタートをしたとしても、水面から122cmでは飛び上がり過ぎという事だ。 水面から70cmのスタート台に(50M公認笠松運動公園プール)、クラウチングで構えた時の水面からの腰の高さは、身長170cmの選手で150cm程度、身長187cmの選手では165cm程度だった。 この高さから、おおよそ50cm程度下がった位置で、スタート台から足が離れるので、身長2M以上の選手は、飛び出した瞬間の「水面からの腰の高さ」を意識的に下げなければならない事が理論的に予想される。 飛び出した瞬間の腰の高さを下げるのに、 「飛び出し角度をマイナス側(水面側)に向ける」 方法では、すでに説明したように、蹴り出し速度が下方ベクトルへと分解されて不利であるため、採用すべきではない(ただし、本人の「蹴り出しやすさ」も重要なファクターであるため一概には言えない)。 そのため身長2M以上の大柄な選手は、前足重心クラウチングスタートには向かず 「後足重心で深くクラウチングを構えて、なるだけ低く(理論値では、122cm以下)まっすぐ前に飛び出す」 方法が良いと思われる。クラウチングで構えた外国の選手が、スタート時に後ろ足を大きく蹴り上げている事からすると、後ろ足を大きく蹴り上げる事で腰の高さを調整できるものと思われる。 また、大柄な選手の持っているスタートのイメージは、「水面に向かって突入する」くらいのイメージを持っているのかもしれない。 いずれにしても2Mという大柄な選手は日本人にはほとんどいない。従って、世界大会のスタートをこういう視点で見れば、また違った見方も出来て面白いだろうが、身長2M以上の場合を深く考察する必要はない。 逆に言えば、背の小さい日本選手が、身長2Mの世界新記録保持者のスタートを丸々と真似てはいけないといえる。 「スタートの下手な日本選手」の場合には、「蹴り出し速度が遅い」場合を考慮する必要がある。 オリンピック級の選手でもない限り、自分がどのくらいの速度でスタート台を蹴っているのかを知る方法はない(JISSで計ってもらえるのはオリンピッククラスの選手か、特別なコネを持っている選手だけであろう。おおよそで良いのなら、ビデオ映像からの飛距離と滞空時間で求める事は出来る)。 その事を考慮すると、日本人選手は 「余計な事を考えずに、とにかくまっすぐ飛び出すことを意識する」 だけで良いが、女子選手は多少の考慮が必要と予想される。 一般的に女子は、垂直ジャンプであまり高く飛べない。女子のスタートを見ていても、蹴り出し方が男子に比べ下手である。 一般的男子選手より少し劣ったジャンプ力で、スタート台の蹴り出し速度が4.0m/sだったとする。 図 3-1を見れば分かるように(0.4秒の時)、蹴り出し速度4.0m/sの選手が45度未満で入水するためには、78.4cm以下で飛び出さなくてはならない事が分かる。 スタート台の高さが水面から70cmである事からすると、かなり無理のある高さだ。 ほんの少し蹴り出し力が弱いだけで、許される飛び出しの高さが40cmも低くなってしまうのだ。 これは、重力が重力加速度であり、落下方向には加速度的に落下する事が原因だ。 従って、ジャンプ力のない選手がスタートをする場合には、「低く飛び出す事」に力点を置いてスタート練習を行わなければならない事が理論から分かる。 また、腕を強化し、後ろ足重心のクラウチングで深く構え、腕で引っ張って飛び出し速度を確保して脚力不足を補う方法もあるが、腕の強化は泳ぎとのバランスもあるため難しい選択となる。 個人的な意見としては、脚力の弱い選手は「低くまっすぐ飛び出す」事だけ意識して、それ以外の部分は捨てて、泳ぎで補う戦略が良いように思う(「脚力が弱い選手」とは、まだ体の出来上がっていない小中学生とも考えられるので、体が大きくなってくれば脚力不足の問題は自然と解消する事もある)。 また、一般的男子選手ならおおよそ4m/s以上のスピードが出せるため、腰は高く構えた方がよい。 高く飛び上がって飛距離を稼ぐのは力のベクトルが分散し不利であるが、はじめから高い位置にあるのなら力は分散せずに飛距離を稼ぐ事が出来る(腰の位置が高いと上へ飛び上がりにくいという効果もある。もちろん、無理して高く構えすぎて蹴り出す力が弱くなってしまっては意味がない)。 しかも、背の低い日本人なら、腰を高く構えてもまっすぐ腰を放り出せば、122cmもの高い位置で飛び出す事は実質的に不可能だ。 腰を高く構える事が不利になるのは、飛び出した時の腰の高さが水面から122cm以上になってしまう身長2M以上の選手たちだけだ。 この点、背の低い日本人には有利で、「まっすぐ前に腰を放り出す」事に集中すれば、水面からの腰の高さは気にする必要はない。 高すぎる心配も必要なければ、低すぎる方の心配も必要ない。なぜなら、 「入水地点で、落下速度より、前方への移動速度が大きければ良い」 のだから(そうすれば入水角45度未満で入水でき、入水速度をストリームラインへと生かすことが可能となる)、低すぎるスタートは多少飛距離が伸びないという不利はあるものの前方への速度がその分大きいので大きな不利にはならないからだ。 まっすぐ腰を放り出した時に、なるだけ高い位置(5m/sなら122cm以下)なら飛距離の点で有利というだけで、高さを意識しすぎて、飛び上がってしまっては何の意味もない。 スタート失敗のリスクを考えた場合、 「高く飛び出す失敗よりも、低く飛び出す失敗の方がマシである」 と言える。つまり、スタートが下手なうちは、 「スタートは、むしろ低く飛び出すんだ」 という意識を持っていて良いという事だ。 スタート技術の未熟なうちは、高さの「位置エネルギー」を気にするよりも、蹴り出しエネルギーをベクトル的にまっすぐ前に生かしていく事を意識しなければならない。 腰をなるだけ高い位置で構える事は、スタート技術がある程度向上してきてから、意識していけばよいのである。 「低く飛び出しすぎると入水角度が浅すぎて不利なのではないか?」 という疑問があるかもしれないが、私がオーバーフローのプールで水面と同じ高さから実際にスタートをしてみた感じでは、オーバーフローの位置からですら、まっすぐ前に腰を押し出していった方が、泳ぎへ繋がるスピードを確保できた。しかも、平泳ぎに必要な入水後の水深も十分確保できた(オバーフローからのクラウチングスタートでは、後ろ足が滑って出来なかったので、グラブスタートで試した)。 この事からして、「低いスタート台だから」といって高く飛び上がる事すら、間違った考え方だ。 「腹打ち」は、投射曲線から大きく外れるほどに上半身を水面に対して水平にすれば腹打ちをするだろうが、わざわざ腹打ちをするように飛ぶ選手はいないだろう。 通常の選手なら、適度な水深になるように直感的に上半身を使って入水してくるので「入水後に適度な深さに潜れないのではないか」という心配もない。 「腹打ち」や「入水後に適度な水深を確保できない」という状況は、飛び出した時の高さから来るのではなく、初心者レベルでスタート台をしっかり蹴る事が出来ないか又は、スタート台上で足を滑らせて、スタート台をしっかり蹴り出せなかった時、つまり高さとは別の要因でスタートに失敗した時にだけしか起きない。 飛び出しの低さによるデメリットは、飛距離だけであって、飛び出しが低すぎたせいで入水に失敗する事はないのである。
最後に、日原選手のスタート台上の動きを示す。ちなみに日原選手は、中距離選手という事もあるだろうが、前足重心のクラウチングスタートだ。
スタート音後の動作で真正面を向いている事が分かる。
真正面に向いた分、腰が構えた位置より若干下がるが、その後は、すでに連続写真で示したように、まっすぐ前方に腰が動いていき、そのまま放り出されていく事が分かる。
後ろ足が腰の位置より若干上まで蹴り上げられている。
最初に示した日原選手の腰の軌跡を追ったプロットよりもスタート台上の腰のプロット数を増やした写真を示す。非常にきれいで無駄のない腰の動きが分かる(自分のものと比べると分かるが、感覚だけでこれほどきれいな動きをする技を習得するのはかなりのセンスだ)。
前足重心クラウチングスタートを推奨したが、スタート台上では腰を真ん前に放り出せれば、他は自分の感覚にしっくりくるもので構わない。 スタートが下手な選手で、良い改善策を持たない選手は前足重心クラウチングスタートを実践すると良い。
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