弾道スタート理論(6)
〜 Ballistic Start Theory (6) 〜

高橋 大和
2007.11.20

  

 

スタート台をまっすぐ前に蹴り出す事が、重要である事が分かった。

ここでは、蹴り出すための動作であるスタートの第1局面について考察する。

 

【クラウチングスタート】

スタートには、左右の足を前後して構えるクラウチングスタートとそろえて構えるグラブスタートがある。

スタート台をまっすぐ蹴り出せるのなら、スタート台でどのような構えをしようが、どのような動きをしようがまったくの自由だ。

出来るだけ強く、速く、真ん前に蹴り出せる自分に適した形でかまわないのだ。

逆に言えば、スタート台上の動作は、「速い飛び出し速度」「腰をまっすぐ前に放り出す」「蹴り出しやすさ」のベストなバランスを追求していくということだ。

ひとつスタート台の上で意識する事は、踏み切り動作に邪魔にならない範囲で

「できるだけ腰の位置を高く構え、高さを保って蹴り出し動作を行う」

という事だ。腰を低くすると、しゃがみ込む形になってどうしても上に飛び出してしまうからだ(「0度で飛び出しつつも飛距離を稼ぐため」でもある)。

それ以外は飛びやすいように飛べばよいのだが、スタート理論は「スタートが遅い選手」のためのものだ。

スタートの速い選手は理論などなくても感覚だけで飛べてしまうからだ。

そこで、「スタートが遅い選手」のためのベターな改善策を考える事にする。まず、

「クラウチングスタートとグラブスタートのどちらが良いか?」

という疑問だ。あえて答えを出すと

「クラウチングスタート」

だ。

グラブスタートの良い点は、両足の指がしっかりスタート台にかかっている事でクラウチングスタートよりしっかり蹴り出せる事にある。

逆にクラウチングスタートは、陸上競技のようにスターティングブロックが用意されていないため、後ろ足に力が入りにくいという欠点がある。

しっかり蹴れるのは良いのだが、グラブスタートは足が揃っているために、重心が足の真上にあり前に来てしまう。

重心が前にある状態でスタート台を蹴ろうとすると、真ん前には蹴り出しにくく、どうしても、一旦しゃがみ込むような動作になってしまう。

特に「しっかり蹴れる」という好みのためにグラブスタートを選んでいるのだから、なおさら上に跳びたくなる心理も働きやすい。

しゃがみ込んだら、腰が落ちる。そうなればどうしても上に飛び出さざるを得なくなり、真ん前に飛び出しにくい。

また、グラブスタートはクラウチングスタートに比べてリアクションタイム(スタート音が鳴ってから、足の指がスタート台から離れるまでの時間。速い選手で0.6秒台、遅い選手で0.7後半から0.8秒台)が0.1秒弱遅い。

「しっかり蹴れる」というグラブスタートの良い点が、デメリットとして働くのであれば、いっそのこと「しっかり蹴る」事を捨て、0.1秒弱速いリアクションタイムを採った方が良い戦略だ。

それにグラブスタートは、重心である腰が、そろえた足の上にあるため不安定で、スタートでふらつくというデメリットもある。最悪、我慢しきれずフライングする事もクラウチングスタートより可能性は高い。

従って、スタートが下手で、これといった改善策を持っていないのならばクラウチングスタートを選択すべきだ。

実際にクラウチングスタートは、踏み切る足よりも後ろに重心がある事で、グラブスタートよりも真ん前に飛び出しやすいという弾道スタート理論に好都合な作用があり、スタートの下手な選手には向いているはずだ。

クラウチングスタートにしたのなら、今度は「前足重心」に構えるか「後足重心」で構えるかの選択肢がある(もちろんその中間もある)。

一般的には、後足重心の時は、左右の足幅を広く取って後ろ足をスタート台の一番後ろ辺りまで引く。

前足重心のときは左右の足幅は狭めである。ただし、いずれも足の長さや好みがあるので一概には言えない。

後足重心で構える場合、手でスタート台を思いっきり引っ張って、強い力で真ん前に飛び出せるメリットがある。

腕の力の強い選手なら後足重心で飛び出し速度を少しでも上げる戦略は悪くないだろう。

しかし、後足重心のデメリットは、前足重心よりもリアクションタイムが遅くなる。重心が後ろにあり、移動距離が長くなるのだから当然だ。

スタートの下手な選手は、基本的に陸上動作に関して不器用なのだ。

不器用なら難しい方の技を使わず、より単純なテクニックを優先させる方がベターな戦略だ。

従って、「リアクションタイムが速い」というメリットを優先して、前足重心にするのが良いはずだ。

クラウチングスタートで前足重心を私が薦める一番の理由は、グラブスタートの感覚から大きな変更を加えずに移行できる点だ。

実際に前足重心クラウチングスタートで飛んでみると分かるのだが、後足重心クラウチングよりも簡単だ。

後足重心にして腕の力で引っ張って飛び出そうとすると、そのまま腕を腰の辺りまで引っ張る事になり、グラブスタートの動作にはない、

「空中で腰の横まで来た手を入水までに頭の上に持っていなければならない」

という別のテクニックを要求される。

それに後ろに重心がある分、腰の移動距離が伸びるので、腰をまっすぐ前に放り出すには、より繊細な注意が必要になる。

その点、前足重心クラウチングスタートは、スタート台をグラブスタートと同様に軽く押すだけで良いし、腰の移動距離も短い。高く腰を構えて、さっと前に飛び出すだけでよい。

後足重心より飛び出し速度が若干落ちるかもしれないが、それはリアクションタイムの速さでカバーできる。

前足重心のクラウチングスタートなら、無理なくグラブスタートから移行できる(実際、私も数回で移行できた)。

前足重心クラウチングスタートは、不器用な選手には向いているのだ。

ただ、理論上、前足重心に向かない人がいる。その点については、次項で述べる。