弾道スタート理論(5)
〜 Ballistic Start Theory (5) 〜

高橋 大和
2007.11.20
加筆 : 2008.09.10

  

 

ここでは、スタートの速さを決める最大ポイントとなる入水テクニックについて述べる。

 

【入水テクニック】

スタートが速い選手と遅い選手の差は、入水の瞬間からその直後のストリームラインに入るまでの間に一番大きな差がある。

この部分でスタートの勢いを「失速させるか」、「失速させずにストリームラインへと生かす事が出来るか」が、スタートの速い選手、遅い選手の一番の差を生む。

従って、スタート練習は、この部分に集中して練習する必要がある。

選手レベルのスタートにおいて、スタートの速い選手と遅い選手とでは、

・リアクションタイム
・空中にいる時間
・ストリームラインに入った後の泳速

の差は小さい。

実際、自分のレース映像があれば、競技レベルが同レベルのスタートの速い選手とコマ送りで比較してみるとわかるのだが、一番大きな差は、入水時の動作による

「失速の差」

にある。

これはすでに一般的によく知られている事であるが、スタートの遅いといわれる選手の場合、入水後に腰から足先にかけてストリームラインよりも下に落ちてブレーキをかけている。

レース中の最大泳速となるこの部分での失速による差が、スタートの速い選手と遅い選手の最大の時間差となっている。

図 5-1

上図のように腰から下が、落っこちて「へ」の字状に屈曲してブレーキをかけ、スタートの勢いを殺してしまっているのだ。

参考までに2008年北京五輪100M平泳ぎ決勝のスタート入水直後のストリームラインを見て欲しい。泡の軌跡を見て分かるとおり、どの選手も入水後、足が落っこちる事なく、まっすぐそのままストリームラインに入れている事が良く分かる。

 

図 5-2 (2008年北京五輪100M平泳ぎ決勝)

 

この「足の落下ブレーキ」による失速をさせないためには、私の経験上、入水時のテクニック的要素がかなりを占める。

45度未満の入水角度で進入してきても、スタートの下手な選手は足が落っこちてしまう(重心は前方に飛ばされても、重心から生えている上半身や下半身は別の動きが出来てしまう。だからこそ、入水角度が深すぎても前方に浮き上がれるという面がある)。

さんざん理論攻めで来たのに残念な事なのだが、このテクニックは非常に難しく、理論よりも素質の差がテキ面に出てしまう。

経験的にドルフィンキックのうまい選手は、このテクニックがうまい。逆に言うと、ドルフィンキックのうまい選手はスタートが速い。

おそらくスタートがうまい選手というのは、入水の瞬間の腰の使い方がうまく、足先が落ちないように腰から下を使って反射的にドルフィンキックを打って入水して来るためストリームライン線から下に足が落ちないものと思われる。

入水速度を殺してしまうようなドルフィンキックでは意味がないわけで、この部分のテクニックは、感覚による瞬間動作でもあり、天性の感覚に相当依存するものである。

悔しい事なのだがスタートの速い選手というのは、持って生まれた「天性のスタート感覚」が優れているのだ。

「0度で腰を前に放り出す」

といった弾道スタート理論なんて知らずとも、感覚だけで勝手に0度で飛び出す技を習得してしまうのだ。本人は「腰が0度で飛び出しているかどうか」なんて事はあまり考えた事はないはずなのだ。

「これが速い。これは遅い」と体で感じる事が出来るのだ。

この感覚の鋭さが、スタートの速い選手の入水テクニックも引き出している。

天性のテクニックをスタート感覚の鈍い選手が手にするには、テクニックを相当意識してスタート練習を積み重ねる事が必要となる。

逆に言うと、スタート練習で一番時間を割く部分は、この「入水時の足の落下」を防ぐ練習という事になる。

しかし、先に示したベクトル図からわかるように、45度以上の入水角では、前方よりも落下方向へ大きな力が働く。

従って、この強くなった下向きの落下力を殺すために、足先をより深く蹴り下ろさざるを得なくなり、落下に対するブレーキを効かさざるを得ない状況になのは明らかだ。

少なくとも、スタートの下手な選手が、スタート台から上に飛び上がって蹴り出して、この「足の落下ブレーキ」がかからなくなる事はない。

入水角度を45度未満にする事によって、より強く前方へ重心が引っ張っられた結果、足先をより落とさずにストリームラインへと繋げやすくなるのは間違いない。

天性の感覚の優れた選手のスタートに迫るためにも、飛び出し角度は0度でなければならないのだ。

入水テクニックの下手なスタートの遅い選手ほど、調整しやすい「飛び出し角度」は重要なのだ。

調整しやすい方の「飛び出し角」をうまく調整して飛び出せない選手が、難しい方の入水テクニックがうまく使えるはずがないからだ。

入水テクニックの下手なスタートの遅い選手が、「落下エネルギーを使うために飛び上がる」なんていう「入水テクニックが必要な戦略」を間違っても採用してはならないのだ。

以上の事から、踏み切りから浮き上がりまでの、スタート第2局面から第3局面はすべて、「スタート台の踏み切りの良し悪し」にかかっているといえる。

次項では、踏み切り前のスタート第一局面について考察したい。