弾道スタート理論(4)
〜 Ballistic Start Theory (4) 〜

高橋 大和
2007.11.20

  

 

ここでの解説は、入水角度について述べる。

理想の入水角度は45度未満である。

「高く飛び上がると入水速度が速くなる」というのは幻想である。

どの角度で飛び出しても、入水速度は同じである

蹴り出し角度の違いは、入水速度がどの方向を向いているかの違いにしかならない。

この章の説明からも高く飛び上がる方向を目指したスタートは、何のメリットもない事が分かる。

 

【入水角度】

先の説明で、45度で飛び出した場合は、足離れから1秒後では差を付けられる事が分かったが、

45度で飛び出した選手は入水テクニックで、その大きな落下速度を前方に生かして、32cm(0.1秒)の差をストリームラインに入ってすぐ逆転できるのではないか?

という疑問がある。確かに32cm(0.1秒)の差は理論値であり、この程度の差は誤差範囲かもしれず、0度でも45度でも大差はないかもしれない。

この疑問に答える理論が、アポロ宇宙船が地球に帰還する時の理論にある

入水の瞬間、弾道理論に大きな変化が生まれる。空気の層から水の層へと、劇的な層変化が起きるからだ。

このスタート理論解説も、第2局面から第3局面へと移る事になる。

水中に侵入する第3局面の段階から、空気層では無視できた抵抗が水中では急激に大きくなって無視できなくなる。理論用語としては、「抗力」と「揚力」が発生する。

この[抵抗の層変化]時の理論は、高速で動く宇宙船が、大気のない宇宙から空気抵抗を無視できない大気圏へと帰還する時の理論と同じなのだ。

アポロ計画で実際に起きた事故を映画化した「アポロ13」で、事故を乗り切って地球まで戻ってきた宇宙船が大気圏へ再突入する際に、シビアな操作が必要な大気圏への突入角度をコンピュータを使わず、アポロ宇宙船の窓から見た地球を使って手動で行う緊迫したシーンがあった。

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「進入角が深すぎれば減速しきれずアポロは燃えながら地上に激突する。逆に浅すぎると、大気圏から弾き飛ばされて宇宙をさまよう事になる」

というシーンだ。

以下の図を見て欲しい。

図 4-1

これは、[抵抗が急激に増大する層]へ物体が突入した時、どの方向へ力が加わり、曲がっていくかを表した図だ。

この図を見て分かるように、砲丸のような重心に隔たりのない物体が、ぴったり45度で抵抗層に進入した場合、45度で進入を続ける。

45度以上の深い角度で進入した場合、地面方向へ力が働き、アポロ宇宙船は地上側へ吹き飛ばされ、減速に失敗し燃えながら地面へ激突する。

これが競泳のスタートの場合、浅いプールで手や体の使い方が悪ければ、競泳選手でもプールの底に激突する。実際の競泳の場合は、選手が手や体をうまく使い、底にぶつからずに前方へ浮き上がってこれるが、大きく失速する事は免れず、かつ、水中に深く入り過ぎて良い浮き上がりが出来ない。

逆に、アポロ宇宙船が45度以下の適切な角度で進入した場合、水平方向に飛ばされ、飛ばされている間に空気抵抗で減速し、重力の影響が大きくなってきて自然落下に入ったらパラシュートを開いて無事地上に帰還できる。

これが競泳のスタートの場合、入水後自動的に前方へ飛ばされ、そのままストリームラインへと入っていく理想の状態と同じだ。落下エネルギーも最小限のロスで前方に生かしていく事が可能なわけだ。

もし、45度以下でも進入角度が浅すぎた場合、アポロは一度進入した大気圏から弾き出されて、再び宇宙空間へと放り出される。

これが競泳のスタートの場合、[腹打ち]をして水中に潜れなかった状態と同じだ。もし、選手がスタート台を高速で蹴り出せれば、飛び石のように水面を跳ねながら進み、泳ぐよりも速くゴール出来る新技術になるが、空想でしかない(^.^)

なぜこのような逆向きの力が発生するのか?

は、水面を挟んで急に発生した水の大きな抵抗を意識して、入水動作をイメージすればよい。

入水時の物体は水からの反作用として、前から向かってくる抵抗と、下から突き上げてくる抵抗を受ける(抵抗の影響で、抗力と揚力が発生する)。

浅い角度で進入する場合には、前方へのベクトルが落下方向のベクトルより大きいために、前方に飛ばされる。

深い角度で進入する場合には、前方へのベクトルが落下方向のベクトルより小さいために、結果的に前方から向かってくる水に進入の勢いが負けてしまい、プールの底の方へ進入の力が曲がっていってしまう。

競泳の場合はアポロ宇宙船のような丸い物体ではなく、身長を持った体が入水してくるため、丸い物体よりも人間の方がこの効果はより大きく出てくるはずだ(丸に近いアポロ宇宙船とスペースシャトルでは進入角度が違うのと同じ)。

この辺りの理論は、なかなか良い本もHPもないのだが、このリンク辺りを参考にしてみると良い。野田篤司さんはJAXAの主任開発員であるようなので、デタラメ理論ではないはずだ。

以上のアポロ宇宙船地球帰還の原理から、45度以下で入水する必要があるのだ。いや、むしろ理論上は45度未満で入水する必要があるのだ(現実には「以下」でも「未満」でもどっちでもよい。人間の体は宇宙船と違い自由に動くし、競泳にとっては、きっちりとした数字よりも理論の示す方向性を知り、競技に生かす事が大切だからだ)。

実際の競泳のスタートの場合は、45度以上で進入して来ても、プールの底に激突する事はまずない。

宇宙船とは違い、手や腰をうまく使い揚力を発生させて前方へ浮き上がってくる事が出来るからだ(スペースシャトルのような宇宙船にも操縦桿があり、多少の失敗はリカバリー出来る)。

しかし、元々プールの底へ向かおうとしている体を無理やり前方へ向ける事になるため、その分のロスが発生する。

このロスは、大きな失速をもたらすため、45度以上で進入してきた落下を効率よく前方へ生かす事は、理論的に無理なのである。

逆に45度未満では、落下エネルギーが入水後、勝手に前方に生かされていくという事だ。

ここで「45度」という数字の捉え方に、よく注意しなけばならない。

「45度で水中に進入する」事は今更言われなくとも、一般的に知られている。

しかし、多くの競泳関係者は、「45度」を間違って捉えている

「体を45度に傾ければそれで良い」

わけではないのだ。分かりやすく表現すれば、

水中に侵入する腰の軌跡が45度でなければならない

のである(正確には入水地点における前方ベクトルと下方ベクトルのベクトル和の角度が45度)。

極端に言えば、45度に体を傾けたまま、まっすぐ水面に落っこちても、その瞬間の写真は45度の理想で入水しているように見えるのである(ただし実際には腹打ちをするので、下記の図のように腰までの入水は出来ないだろう)。

図 4-2

つまり、入水直前に体の屈曲を変えたりして、45度に入水しているように見せようとしても、45度の入水にはならないのである。上図の場合、入水角度は90度である。

45度の入水は、先の放物線グラフを見て分かるとおり、「水面における腰の描く軌跡が45度の時」を言うのだ。

「自分のスタートをビデオ映像で確かめる」といった時に、この事を念頭に置いて、映像分析をしなければならない事が分かるだろう。

つまり、入水の瞬間にビデオをストップして「45度に入水出来ているかどうか」をチェックしても無意味なのだ。

腰の位置に注目し、スロー再生かコマ送りで「腰の描く軌跡」を追わなければ、45度の理想の入水なのか、そうではないのかの区別はつかないのだ(しかも水面と同じ高さで撮影しなければ遠近法の影響で正確な角度が計測できない。従って、ビデオによる入水角度チェックは参考程度にしか使えない)。

ここで、前項で示した「スタートの放物線(図 3-3)」をよく思い出して欲しい。

入水角度は、0度の放物線も45度の放物線も、

スタート台から足が離れた時の腰の飛び出し角度で決まってしまっている

事を思い出して欲しい。

空中で反動を付けて放物線の軌跡を変えようとしても、宇宙空間で手をかいても腰を振っても無駄なように、その効果は無視出来るほどに小さい。

つまり、

入水角度は、スタート台を蹴り出した瞬間に決まってしまう

のである。これは非常に重要な示唆だ。

蹴り出しの角度で入水角度まで決められてしまうのだから、

スタートのすべては、蹴り出す瞬間に掛かっている

と言っても過言ではないのだ。

水面から1Mの高さの所で、4.50m/sの力でスタート台を蹴り出した時(前項で示した放物線の図 3-3)、0度で蹴り出した場合は、着水までの時間は0.45秒であり(Y=Vot-1/2Gt^2の公式で計算出来る)、その時の落下速度は4.43m/sである(V=Vo-Gtの公式で計算出来る)。

45度で蹴り出した場合は、着水まで0.88秒であり、その時の落下速度は5.44m/sである。

従って、それぞれのベクトル比(前方:下方)は、飛び出し角0度では「4.50 : 4.43」、飛び出し角45度では「3.18 : 5.44」。おおよそ「1 : 1」と「0.7 : 1.2」である。

このベクトル和の角度が入水角度となる。その図を以下に示す。

図 4-3

飛び出し角0度では、その入水角度は理想の45度(正確には「4.50:4.43」なので45度未満)であるのに対し、飛び出し角45度ではその入水角度は58度にも達してしまう。

アポロ宇宙船の地球帰還理論からすれば、進入角「58度」では、入水した時の大きな落下速度5.44m/sを効率よく前方に向ける事は不可能であり、その大きな落下エネルギーは、深すぎる入水を引き起こすだけである。

しかも、上図の赤線の長さは、同じ長さである。58度の方が長く見えるのは目の錯覚である(信じられなければ、実際に定規で測ってみると良い)。

つまり、高く飛び上がっても、低く飛び出しても、落下の向きが違うだけで、入水速度は同じなのである。

「2Mの高さのスタート台から飛び込む事」

と、

「1Mの飛び込み台から飛び上がって2Mの高さに到達して飛び込む事」

は違うのだ。

2Mの高さからそのまま飛び込めば、位置エネルギーはそのまま使えるが(だから腰をなるだけ高く構えて高さを稼ぐ)、1Mの高さから2Mに飛び上がって2Mの位置エネルギーを得たとしても、それは自分の脚力を推進力ではなく、2Mの位置に飛び上がるために使っているだけの事なのだ。

それが、同じ力で飛び出しているにもかかわらず、上へ飛び上がった方は、

「入水時のベクトルが前方へは小さいのに、落下方向には大きくなっている」

原因なのだ。

従って高く飛び上がっても、それは飛び出しエネルギーを前方と上方へ分解した分、前方への移動速度をロスしただけの事であり、飛び出した時のエネルギーは増えも減りもしないから、入水速度はまっすぐ飛び出した時と同じになるのだ(熱力学第一法則、エネルギー保存の法則)。

その同じ入水速度が、「前に向いているか」「下に向いているか」の違いだけなのだ。

「高く飛び上がったら、入水速度が速くなる」というのは幻想なのだ。

落下速度が速くなっただけで、前方への速度は遅くなって、その合計した入水速度は同じなのである。

「高く飛び上がって得た落下速度を入水テクニックで前方へ生かす」

もなにも、高く飛び上がって下方ベクトルの落下速度を大きくしたとしても、ベクトル和である入水速度は同じなのだから、同じ入水速度を生かすのなら落下速度ではなく、前方への移動速度へ利用しなくては、タイム競技の意味がないのだ。

以上の事から、

着水は、前方への勢いが、落下方向への勢いに勝っているうちに行わなくてはならない

という事だ。それが「45度以下の入水」という事なのだ。

また、45度以上で入水するということは、

「前方への力が、落下方向への力に負けている」

という事であり、それが実際の動作では何を意味しているかというと

「着水時には、前方への移動速度より落下速度の方が速く、手の入水ポイントより手前に足が落ちる

という事を意味しているのだ。

前方へのベクトルが大きい内に着水した場合に、実際には何が起きるのかというと

手の入水ポイントより前方に、足の指が入水する

のである。

前方へのベクトルが大きいので、手が着水しながらも体は前へ移動を続ける。

そのため、足が入るまでの間に手の入水地点を通り越すのである。

このため、入水時に足が落ちる選手とは違って、一点入水する選手は、水中に吸い込まれるように滑らかに見えるのである。

実際に、日原選手の入水直前写真と足が入水した写真を重ねてみると分かる。

図 4-4

指先の着水地点よりもほんの少し先に足が吸い込まれている事が分かる。

スタートのうまい選手は、落下方向へのベクトルよりも前方へのベクトルが大きい状態で入水してくるため、体が入水しながらも前方に移動し続けているのである(結果的にベクトル和は、45度未満となる)。

前方へ移動する力が残っている状態の体が着水し、前から向かってくる水に選手の背中がぶつかりながら、水の中へと吸い込まれていく事により一点入水がなされているというイメージなのだ。

極端なイメージだが、下記に理想の入水時の力関係のイメージ図を示す(下記図は実際の形ではなく、イメージである事に注意)。

図 4-5

理想の入水では、水面上の体には前方に振られるような力がかかり、入水ポイントでは、前方から水がぶつかってきて体の背面を押されながら、その力点に沿って前方のストリームラインへと飛ばされていくイメージとなる。

先にも述べたが、足の傾く角度や体の傾きを見ているわけではない。入水角度は、あくまで腰の軌跡が描く角度(入水の瞬間のベクトル比)である事を忘れないで欲しい。

ただし、イメージの持ち方は個々人によって違うため、自分で理論を理解し、自分でしっくりくる入水のイメージを固めて欲しい。

このように、「一点入水」という動作を見た場合、体全体に視点を奪われて見た時には胴体部分の厚みがあるため、「体が一点に入水している」とだけ見えるのだが、もっと細かく見た場合には「一点入水」とは、「一点」より前方に足先が入る事なのだ。

スタートの下手な選手というのは、前方への力が残っていない状態で入水するため、前からぶつかってくる水に負けて足が手前に落ちてしまうのである。

従って、スタート台からの落下エネルギーを生かすには45度未満で、入水しなくてはならないのだ。

高く飛び出し、45度以上の角度で入水してきた落下エネルギーは進行方向と逆向き、又は下向きにに働くため、これを無理に前方へ向かせる力が必要となり、このエネルギーロスが失速に繋がる。

45度未満の入水の場合、無駄な動きさえしなければ、エネルギーロスを最小限にしつつ、自然と前方に体が向かされてストリームラインへと繋がっていくわけだ。

従って、理想のスタートは45度以下または未満で入水していく事なのである。

ここで、もう一度よく思い出して欲しい。

入水角度は、飛び出し角度で決まってしまっている

のである。

これらの説明を別の視点で考えると、

スタート台は、まっすぐ前に蹴り出した時にちょうど良い入水になるように設計されている

という事だ。

飛び込みにくいスタート台や記録の出にくいプールをわざと作るはずもなく、偶然にしろ意図的にしろ、泳ぎやすい、記録の出やすいプールを人間が作るのは、当たり前といえば当たり前なのだ。

スタート台から上方へ飛び上がって飛距離を稼いだところで、滞空時間で損をし、入水角度が深くなりすぎて入水に失敗し、落下速度ばかり大きくして前方への移動速度で損をして、タイム競技として大きく損をしているだけなのだ。

スタート台をまっすぐ前に蹴り出す事が、いかに重要か分かった事であろう。