弾道スタート理論(2) 高橋 大和 |
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「弾道スタート理論」の根幹は、スタート台踏み切り後の空中における人間を、丸い球として捉える事にあるため、第2局面から説明を行う。
【弾道スタート理論】 弾道スタート理論では、空中動作における人間を「170cmの棒」として捉えるのではなく、「砲丸」として捉える。 なぜ砲丸なのかというと、スタート台から足の指が離れた瞬間から着水までの人間は、「身長のある」人間が飛んでいるのではなく、人間の「重心」が飛んでいるからである。 つまり、 「重心が弾道を描いているに過ぎない」 のである。 人間が身長のある棒である事を考慮する必要があるのはスタート台から足の指が離れるまでと、着水してからである。 以下の2007年インカレ400M自由型チャンピオン日原将吾選手のスタート連続写真を見ていただきたい。 彼は、2007年秋田国体の成年茨城県代表選手の中でスタートが一番速い選手である(ドルフィンキックがかなり速い事も15M通過タイムが速い一因ではあるが、ドルフィンキック動作を除いても速い)。 図 2-1 ※※※※※※ 画像説明 ※※※※※※ 1点目のプロットはスタート台に構えた時の腰をプロットした。 プールは50M公認茨城県笠松運動公園プール。 腰の点を追いかけると、きれいな弾道を描いて着水している事がわかる。 「腰」とはつまり重心である。人間の重心は誰でもおおよそお腹付近にある(個人的には、丹田付近に直径15cm程度のボールのようなものがある感覚が自分の重心だと思っている)。 単にスタート映像を見ると、人間が空中を飛んでいるように捉えてしまうため、空中動作で飛距離や入水角度が変わるような錯覚を起こす。 空中の人間を棒状の物体と捉えると、まるでスカイダイビングの時のように、 「空中の軌跡を、反動や空気抵抗でどうにか変える事ができるのではないか」 という錯覚思考に陥ってしまう。一昔前に流行った、空中で「へ」の字に体を屈曲させたり(パイクスタート)、足を屈伸動作させたりする、あの動作だ。 しかし、実際は違う。 空気抵抗が影響しない事は、直感的に理解できるであろうが、反動効果も重力の影響と比べれば無視出来るほど小さい。 空中で体を動かしても、それは重心から生えた部分が動くだけで、重心の軌跡には影響を及ぼさない。 つまり、空中動作がスタートを支配するのではなく、 「スタート台を蹴り出す瞬間の力のかけ方」 がその後のスタート動作を決めるのである。 「どうもまだ、人間のスタートを丸い球と考えるには納得がいかない」 のは、重力の公式には「重さ」が登場しない事をおそらく忘れている。 「ピサの斜塔から重さの違う球を同時に落としたら、同時に地面に付いた」 という有名なガリレオ実験のあれだ(ただし、この逸話は後から作られた創作といわれている)。 体重が重い人と軽い人が同時に飛び降りると、重い人が速く落ちそうな気がするのだが、実際は同じ速度で落っこちて、同時に地上に到着するのだ。 自由落下の場合の計算式は 落下の速度 V=Gt
上への移動速度 V=Vo-Gt である。 公式を見て分かるように「重さ(m)」が出てこないのである。 空中動作は、速度(V)、時間(t)、重力加速度(G)の3つに支配されているのである。 速度は、スタート台の蹴り出し速度、時間はスタート台の高さと蹴り出し方で決まるので、実質的には空中に飛び出した人間は、重力加速度Gに支配されている事になる。 重さが関係するのは、空気抵抗が無視できない時だけなのだ(例えば紙は軽過ぎて空気の抵抗を無視できないのでゆっくり落ちる。紙でも縦に落とせば空気抵抗がグッと減り、横にして落とすより圧倒的に速い。空気抵抗がなければ紙も人間も同じ速度で落ちる)。 競泳のスタートは、速度の遅い1秒以内の落下であり空気抵抗を無視できるので、入水後の動作を考えなければ、体格に関係なく空中姿勢はどんな形でも良いわけだ。 スタート動作を棒状の人間としてではなく、「丸い重心」の投射だという理屈がこれではっきり分かったと思う。 体全体の動きの参考に、重ねていない日原選手のスタート写真をいくつか下記に示す。 スタートの空中動作が、「身長のある人間 = 棒」ではなく「重心 = 球」であり、空中の動作を支配している理論は砲丸投げと同じ弾道理論内にあるという事がわかれば、「良いスタート」を考えるには、まず、空中で砲丸がどのように飛ぶのかの理論を考えればよい事が分かる。 砲丸を空中に投げ出した時に、どのような軌跡を描くのかは、弾道理論あるいは投射曲線として高校の物理の教科書に出ているのである。 次項では、丸い球を空中に投げた時の投射曲線について詳しく検証したい。
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