学校水泳 (8)

〜 背面浮き式息継ぎクロール 〜

高橋大和
2009.09.01

 

図 8-1

 

図 8-1をよく見ていただきたい。この訓練は、単なる「背泳ぎのキック」ではない。

 

前章で完成した背泳ぎのキックではあるのだが、「片手が頭の上」で、「もう片方の手が腰下」にあるのが分かるだろう。

 

これが、クロールで泳げるようになるための「息継ぎ」の必殺技トレーニング方法だ。

(左側が競泳選手並にきれいな"目指すべき理想の姿勢"だが、泳げるようになったばかりの子供は右側のように下半身が多少沈んでいてもOKだ)

 

この「背泳ぎのキックの完成系から片手を腰横に下ろした姿勢」は、「泳げない子のための息継ぎ姿勢」となる。

 

クロールの息継ぎでは、顔を横に向けて呼吸をする事になる。

この時、泳げない子、テクニックの未熟な人ほど、顔だけでなく、体ごと横を向いて呼吸をしようとしてしまう。

水中では、まだ、大雑把な動きしかできないからだ。

 

体を横にして(体を開いて)呼吸をすると、体が水面に対して垂直になってしまって、水からの浮力(及び抵抗)が減ってしまって、体が沈んでしまう。

 

図 8-2

 

空中で紙を水平にして落せばゆっくりと落ちるが、紙を折り曲げたり、垂直にして落すと、一気に急降下するのと同じ原理だ。

 

こうなると、顔が水面下に沈んでしまって息継ぎが出来ないため、頭を水上に出そうとして姿勢が体ごと立ってしまって、さらに沈むという悪循環に入ってしまう。

 

「体を真横に開いたままの息継ぎ姿勢」は、競泳選手ですらその姿勢を維持できない。

 

体を横に開いた姿勢で息継ぎをするには、

「速い泳速」
「選手並のスカーリング技術」
「選手並のキック技術」

が必要なのだ。

 

ゆっくりとしたスピードでは競泳選手ですらうまく出来ない事を、泳げない子がやろうとしているのだから、これでは息継ぎが出来るはずもない。

 

泳ぎの達者な人がクロールで息継ぎをする場合、体は出来るだけ水面に対して水平に維持したまま、顔を軽く横に振る程度で呼吸をしている(図 8-3 右側)。

※※ 参考 ※※
入水した手と、同じ側の足をキックで打ち込むのは近年の泳ぎ方だ。1990年代までのクロールは「中心一軸S字ストローク」だったため、「入水の手」と「キックの打ち込み」は左右反対でクロスにキックを打ち込んでいた。
※※※※※※※

 

図 8-3

 

水面に対して体を水平にしていれば、それだけ大きな浮力を得る事が出来て、息継ぎをしても沈みにくい。

 

競泳選手の場合は、

 

【1】
呼吸動作自体が小さいため、体が水平のままであり、水から得られる浮力が大きい。

【2】
しかも、泳速が速いために、前方からの水の流れに頭が当たって水が下方に流れて、顔の横の水が下(胸に下)に沈み込んで、呼吸がしやすい。

【3】
泳速が速いために浮力が発生し、体が沈みにくい。(飛行機がスピードを上げると離陸できる原理と同じ)

【4】
さらに、手のスカーリングや、キックのテクニックでも浮力を発生できる。

 

という好循環があり、息継ぎは、陸上の呼吸と同様に無意識でしている。

 

つまり、

「泳ぎの達者な者の泳ぎ方なら、簡単なテクニックで息継ぎが出来るのに、素人の泳ぎ方ほど、息継ぎには高度なテクニックが要求されるにもかかわらず、泳げない者に高度なテクニックはない」

という矛盾が、泳げない者を苦しめている。

 

息継ぎの出来ない人は、「速い泳速(【2】【3】)」や「動作テクニック(【4】)」から浮力を得る事が出来ない。

【1】【4】のテクニックで、素人にも出来る残るテクニックは、【1】の「体の水平を保って浮力を得る」事だけだ。

 

しかし、「まだ、大雑把な動きしかできない素人」には、「呼吸動作を小さく」というのが、出来ない。

それを解決するのが、図 8-3の左側だ。

 

呼吸と同時に一気に、背面浮きの姿勢まで体を持っていくのだ。

呼吸と同時にグルッと反転してしまうのだ。

 

泳げない子は「小さな呼吸動作が出来ない」のだから、その素質を生かして、「大きな呼吸動作」を行わせるのだ。

マイナスの素質をプラスに転化し、「背面浮きキック」にまで持っていければ、水からの浮力は息継ぎ動作前と同等かそれ以上得られ、泳ぎながら呼吸をしていても何の問題も発生しない。

 

泳げない子が、ここで新たに必要になるテクニックは、たったひとつだ。

「下向きから上向きにクルっと反転する技術」

だけだ。

(上向きから下向きに戻る方は、何の技術も必要ない。溺れている人間を上向きにしても、自分で勝手に下を向く)

 

子供にやらせてみればわかるが、この反転テクニックは、意外に簡単に手に入る。

反転中に体が水面に対して垂直になるため、確かに、子供の体は一瞬沈むが、背浮きさえ出来るようになっていれば、「上を向いた時に浮ける姿勢」を体が覚えているので、子供はちゃんと上を向いて浮上してくる。

 

「浮き」に対する基本姿勢をここまでに、きっちり教えた効果が、ここから先、絶大な効果を発揮してくる。

 

「クルっと上下が反転する時の勇気」

さえ子供に持たせれば、浮きの技術を手に入れている子供たちには、反転技術なんてものは、ほとんど何の苦労もなく手に入る。

 

子供に、この「クロールの息継ぎテクニック」を手に入れさせるために、図 8-1の訓練を行うわけだ。

 

既に浮けるようになった子供にとっては、「図 8-3の息継ぎテクニック」を使えば、いくらでも泳げるようになっているのだ。

しかも、クロールで。

 

つまり、クロールで泳ぎ、息継ぎは反転して背浮きの姿勢になりキックを打ち、その状態でいくらでも好きなだけ呼吸をして休息をし、呼吸が整ったら、また反転してクロールを開始すれば、25Mでも、50Mでも、100Mでも泳げるのだ。

 

「子供には、この訓練(図 8-1)の意味がわからないのに、自然と息継ぎのテクニックを与えている所」

が、先生(大人)の利口さの見せ所だ<(`^´)>

「背泳ぎの訓練をさせられている」という子供の浅知恵の先を行っているから、先生なのだ。

 

「背泳ぎの訓練をさせられていると思っていたのに、クロールを泳いでみると、いつの間にかクロールで50M泳げるようになっている」

という所が、大人の知恵の立派な所だ。

 

こういった大人の知恵を、子供のうちに何度も与えられるから、「物事は道筋を立てて考え、行動する事が大切だ」という事を無意識に吸収し、「先走って基礎をおろそかにする事の無駄」を避けられる大人に成長するのだ。

 

ここまでが、理解できた所で、「素人息継ぎマニュアルの嘘」を指摘しておく。

素人に息継ぎを教える時、

「息継ぎの時には、パッって息を吐きなさい。強く、パッと吐いて息を吸いなさい」

という嘘テクニックだ。

 

できるものなら、やってみればよい。

競泳選手の私ですら、苦しい。

 

上述してきたように、呼吸動作では、横を向くため、どうしてもその間に体が沈んでしまう。

つまり、息継ぎ動作は泳ぐのにマイナスな動作なので、できるだけ小さい息継ぎ動作が良いのだ。

(もし、小さな酸素ボンベでもあれば、息継ぎ動作をせずに、ひたすらストロークをしている方が速く泳げる)

 

ところが、「パッ」とやる時間は、実際にやってみると、非常に長い。

「吐いて、吸っている」からだ。

 

「パッ」とやっていては、息を吐いた所で、すでに手のリカバリー動作は完了してしまって、次のストローク動作に入ってしまい、息を吸う時間などない。

 

息を吸わないわけには行かないから、リカバリー動作を遅らせて、長い間横を向いて呼吸動作時間を確保せざるを得ない羽目になるが、横を向いて泳ぐ技術は、競泳選手レベルでなければ持っていない。

 

「パッと息を吐きながら、手を前に戻すリカバリー動作をする」のは人間の動作的に無理がある。

「息をパッと吐く力の入れ具合」「手を前に戻すために必要な腹筋の力の入れ具合」が矛盾していて、息を吐きながらリカバリー動作をする事は、競泳選手ですらも無理がある。

 

泳ぎの達者な人の実際の息継ぎ(手のリカバリー動作)は、息を「吸う事」しかしていない。

息を吐く動作は、水中ストロークの最後の押し出し完了までに行い、顔を上げた時には、息を吸う事しかしていない。

 

というよりも、1秒に満たないリカバリー動作中に、「息を吐いて、吸う時間」はなく、「息を吸う時間」しかないのだ。

さらに、息継ぎが出来ない子は、横を向いて泳ぐ技術はまったくないのだ。

 

つまり、呼吸に確保できる時間が、泳ぎの達者な者よりもずっと短いのだ。

許される呼吸の時間が短い泳げない子に、泳ぎの達者な人の2倍の動作(吐いて、吸う)を要求するなど、まったく筋の通らない理屈だ。

 

実際に、やってみると良い。

呼吸の時に「パッ」とやってみると、競泳選手の私ですら、おかしな息継ぎ、おかしなストロークタイミングになって、まともなクロールが出来ない。

 

しかも、「パッ」というやり方は、かなりのエネルギーを消費して疲れる上に、水中で息を吐くのは通常、鼻からだ

「鼻から息を出して、口から吸う」

口からも息を出しはするが、鼻から息を出し続ける事で、水の鼻への進入を防いでいるのに、「パッ」と吐くための息を確保するために、水中で息を完全に止めるのは、競泳選手の私ですら不利益しか見出せない。

 

「お前、何言ってんだよ。水中でパッっと息を出して、顔を上げた瞬間に息を吸うって事なんだよ」

という発想を泳げない子に押し付けるのは、指導者の怠慢だ。

 

泳げない子が、そんなタイミングよく、リカバリー動作開始直前に、水中で「パッ」と息を出して、顔が上がった瞬間に息を吸えるはずがない。

「パッ」とやった次の瞬間には、空中だろうが、水中だろうが、つい息を吸ってしまう。

 

そんな危険な事を水中でやろうとするはずもなく、空中に頭が上がってから、確実に空気しかない場所でやろうとするのが、泳げない子にとっての「当たり前」だ。

 

「泳げない子のパッ」をよく観察すると分かるが、「パッ」方式を教わった泳げない子は、顔を上げてから空中で「パッ」とやっている。

小さな体で、健気に一生懸命大きな声で「パッ」と出す声が、聞こえてくるはずだ。

 

「水中でパッ」なんて都合よく出来ないから泳げないのだ。

「息を吸うのは空中 = パッも空中」

と思考するのは、至ってノーマルな思考方法だ。

 

「息を吸うのは空中 = パッは息をするための動作なのに水中でやる」

という思考方法の方が、よっぽど理屈が通らない。

 

競泳選手ならその細かい矛盾点も合理的な理屈を付けて理解できはするが、泳げない子供に、その矛盾点を理解させる事などできるはずもなければ、その必要性もまったくない。

「パッ」っとやる息継ぎの指導方法は、指導者側の頭の中で考えた机上の空論であって、実際に泳げない子の立場に立った指導方法ではない。

 

「パッとやらないで、どうやって素人に息継ぎを教えるんだよ」

という疑問は必要ない。

ここまでの、指導で、泳げない子も勝手に呼吸の仕方を覚えている。

 

少なくとも、「パッ」という呼吸方法は、図 8-3の反転式呼吸のような「呼吸時間を長く確保できる動作方法」とセットで教えなければ、何の意味もない。

反転呼吸方式なら、上を向いて、呼吸動作時間をいくらでも確保できるので、「パッ」でも、「ハーハー」でも、好きなように、何回でも息をすれば良いが、通常のクロール呼吸の中で「パッ」の呼吸などあり得ない。

 

息継ぎのテクニックの最後に、泳げない子にしっかり教える事がもうひとつある。それは、

「口が脳みそよりも下に付いている」

事だ。

 

人間は、脳で考える。脳は、自分(脳)が体の中心だと思っている。

 

つまり、呼吸をするのも、「脳が呼吸をしたい」と思っている。「口が呼吸をしたい」わけではない。

 

その生理現象に素直に従ってしまうと、呼吸をするのに頭の天辺を水上に出そうとしてしまう。脳みそを水上に出そうとしてしまうのだ。

しかし、息は口から入ってきて、口から出て行くのであって、脳が直接息を吸って、吐いているわけではない。

 

息を吸うためには口を上げる。口を水上に出す。頭を上げる事は、結果的に口を下げる事になってしまう。口を高く上げるには、恐怖を乗り越えて目と頭の天辺を水中に沈めるしかない。」

という事を子供に理解させる必要がある。

 

図 8-4

 

それを理解できれば、「あごを引いて頭の先を水中に突っ込んで口を出し、結果的に体を水面に水平に保つ勇気」を出そうという気になってくれる。

 

子供は大人が考えるほど、幼稚な脳みそではない。

理屈が理解できれば、大人より素直な分だけ、すんなり受け入れて勇気を出してくれる。

 

大人よりも素直な分だけ、理由も分からない事はやらないだけだ。